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坂東三十三観音、秩父三十四観音巡り 旅日記

プロフィール

ブログ名
坂東三十三観音、秩父三十四観音巡り 旅日記
ブログ紹介
四国八十八ヶ所、西国・坂東・秩父巡礼の旅日記
住人のプロフィール
 ●住所:東京都
 ●趣味:読書、映画鑑賞、癒しの旅
2007年9月、四国八十八ヶ所を制覇。(結願!)
2008年4月、西国三十三観音を制覇。(満願!!)
2013年11月、坂東三十三観音を制覇。(結願!!)
2014年10月、秩父三十四観音を甲午歳総開帳に制覇、これで日本百観音を達成です。
秩父三十四観音http:/www.chichibufudasho.com/
坂東三十三観音http://www.bandou.gr.jp/
西国三十三観音http://www.saikoku33.gr.jp/
四国八十八ヶ所霊場http://www.88shikokuhenro.jp/
←左の写真は、「西国第1番札所・青岸渡寺と那智の滝」 
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密教の聖地、「開創1200年」の高野山へ行ってきました。

2015/07/29 22:56
画像 2015年4月に「開創1200年」の高野山へ行ってきました。
そもそも高野山という地名は存在せず、紀伊山地の1000m級の8つの山々に囲まれた東西6km、南北3qの標高800mの盆地の霊場を高野山と呼んでいる。現在では、この盆地にお寺のほかに町役場やお店などもあり、約3300人の住民が生活をしている街を形成しているという。

 高野山の誕生の歴史は、774年空海が香川県の善通寺で生まれ、幼名は真魚(まお)と名乗る。その後18歳で平城京の大学に入学するが、「自らの悟りと他者をも救う慈悲の道を説く仏教こそ重要である。」と考え、大学を辞めて、仏道の修行を重ねて31歳で東大寺で出家・得度に始まる。この時に名前を幼名の真魚を改め、僧名を「空海」と名乗る。
画像 804年には、密教を学ぶため、遣唐使船に最澄らと乗って唐(現在の中国の西安)にある「青龍寺」において修行をする。唐での修行もわずか2年で終え、33歳で帰国する。帰国前に投じた「三鈷杵(さんこしょ)」が落ちた場所が高野山である。その落ちた場所が壇上伽藍の「三鈷の松」と言われている。
※遣唐使船が次に唐に渡ったのは、34年後の空海入定(高僧が亡くなること。)の3年後であり、空海が唐に渡って僅か2年後に帰国の途に就くが、この機を逃さなかった空海の強運も才能の一つと言われている。

 空海は43歳の時、当時の嵯峨天皇に高野山に修行道場としてお堂を建てる許可を得て、816年、寺院の建設に取り掛かるが、最初に建てたのが、「地の神様」を祀る神社である。
その後、48歳で決壊を繰り返す香川県の満濃池の修築を指揮する。50歳で朝廷より京都の東寺を給付を受ける。また55歳には、京都に日本初となる庶民のための教育の場となる「種智院」を創立する。
835年、3月21日高野山において空海が入定(高僧が亡くなること。)する。
921年、空海の入定後、醍醐天皇より「弘法大師」の号を賜る。

 画像次に高野山の参拝の順番であるが、以下の順が一般的である。
1.大門(金剛力士像)を祀っている。
2.壇上伽藍(※奥の院と並んで高野山の二大聖地と呼ばれている。) 
  (1)中門・・・開創1200年を記念して、平成27年4月に落慶法要がされた一番新しい建築物。中門には、持国天などがある。
その先に「三鈷の松」がある。・・・根本に落ちている3本の松葉を拾うとお守りとして持ち帰れる。
  (2)御社・・・お寺の境内に「地主神」の神社を祀っているのは、「神仏習合」の教えの実践である。
  (3)根本大塔、金堂など・・・本尊は高村光雲の作による薬師如来(秘仏)と大日如来像を囲む「立体曼荼羅」は見事だ。 
    ※27年10月1日〜11月1日は特別拝観のご開帳もあるようだ。
  (4)不動堂・・・壇上伽藍で鎌倉時代の唯一の国宝建造物である。
3.金剛峰寺・・・秀吉が建立した高野山の中心的寺院。
4.奥之院・・・高野山の二大聖地の一つ。空海が眠る御廟がある。
 ※奥之院の弘法大師の御廟に通じる一の橋から約2qの参道沿いには、織田信長、豊臣秀吉、上杉謙信、武田信玄などの戦国大名や天台宗で修行をした法然上人(浄土宗の宗祖)や親鸞聖人(浄土真宗の宗祖)などの高僧、歴代天皇など諸大名から庶民のものまで、約30万人の供養塔なが並ぶ。
最奥の御廟では、今も空海が生きたまま瞑想を続けているといわれ、高野山のなかでも最も重要な聖地とされる。
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善光寺の御開帳に行ってきました!

2015/05/06 00:57
画像 2014年10月に秩父34観音の御開帳参拝が満願を迎えて、だいぶ時間が過ぎました。2015年4月の春、まちに待った「善光寺の御開帳」に行ってきました。
 長野駅からまっすぐ北に向かう表参道が続く。最初に見えてくるのが「仁王門」である。これをくぐるとその先に見えてくるのが、写真のように、より一層大きな「山門」である。
7年に1度の御開帳ですが、大門から本堂につながる参道や境内には、全国から多くの参拝者が溢れ、大混雑の凄い人気である。

 「善光寺のはじまりの物語」 をご紹介します。
宗派を超えて誰にでも親しまれる善光寺の成り立ちです。その昔、インドの大金持ちが、阿弥陀如来によって一人娘の病気を治してもらったことを喜び、阿弥陀如来のお姿を祀っていた。その仏像は時を経て朝鮮半島の百済を経て日本にもたらされました。しかし後に悪い病気が流行った時、物部氏によって難波の堀へ捨てられてしまいました。それを拾い上げたのが、信濃の人、本田善光。善光は故郷の麻績(現在の飯田市)にお連れし、さらに阿弥陀如来のお告げに従い、現在の長野市にお堂を建てて安置しました。それが秘仏である「一光三尊阿弥陀如来(御本尊)」であり、善光寺の始まりです。

 画像仁王門をくぐって境内に入ると、回向柱と本堂である。 御本尊は、ひとつの光背の中央に阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩が並ぶ、善光寺独特のお姿である。これは654年以来の秘仏であり、御本尊の代わりとして「前立本尊(鎌倉時代・重要文化財)」が造られ、数え年で7年に一度の御開帳の時だけ特別にお姿を拝むことができます。
この回向柱は前立本尊と7色の紐で繋がっており、手合わせをしたことになり、また回向柱に両手で触る人も多く行列であった。

また、本堂に入ると左手で「御印文頂戴」が僧により行われている。これは善光寺の宝印を額に押された者は極楽浄土が約束されると信じられています。
※この御印文頂戴の儀式は、御開帳期間は毎日行われていますので、ぜひ並んで受けていただくことをお勧めします。
さらに、本堂の右手奥ではご存知の暗闇の世界を巡る「戒壇巡り」もできます。

 善光寺の「鳩字の額」の豆知識!!
 画像善光寺の山門は、1750年建立の重要文化財です。その楼上に掲げられた輪王寺宮筆の額は、通称「鳩字の額」と呼ばれ、「善光寺」の三文字の中に五羽の鳩が隠れています。※写真を拡大して「鳩」を探してみてください。
さらに、「善」の字は牛の顔のように見えて、牛に引かれて善光寺参りの信仰を物語っています


「牛に引かれて善光寺詣り」にまつわる物語

 昔、信濃の国小諸に心の貧しいおばあさんが住んでいました。ある日、川で布を洗い干していると一頭の牛が現れ、角に布を引っかけて走り出しました。その牛を追いかけて、おばあさんがたどり着いたのが善光寺。
日が暮れたお堂に、入ってみると、光明に照らされた牛のよだれが「牛とのみ思い過ごすな仏の道に 汝を導く己の心を」と読めました。すると、おばあさんはすっかり信心深い人間に生まれ変わりました。
 後日、近くの観音堂に詣でると、観音様の足元にあの布が。おばあさんは牛は仏様の化身と知り、ますます善光寺への信仰を深め、めでたく極楽浄土をとげました。この仏様が小諸の布引観音と言われています。
ー善光寺御開帳奉賛会の資料から引用ー
 
 秘仏とのありがたいご縁が生まれる「御開帳に感謝」の合掌です。
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秩父札所が結願!! 第32番「法性寺」〜第34番「水潜寺」

2014/11/01 12:13
 秩父札所 第32番「法性寺(ほうしょうじ)」:曹洞宗
画像 秩父札所も残り3か寺となってきた。(笑)札所も30番辺りになってくると、だんだん山深いお寺の参拝となってくる。
この法性寺は、秩父郡皆野町の郡部にあって、札所の中で唯一の鐘楼門があり、境内に愛を踏み入れ石積みを歩く。
境内の奥の山にある崖の中腹に、珍しい舞台づくりの観音堂が見える。
また境内から、観音堂の後方にある山の峰を眺めると、遠くに岩舟観音が小さくそびえる。これが奥の院となっている。
江戸時代に建立されたという観音堂へは急な石段を上る。

御本尊は、手に櫂を持った聖観世音菩薩である。
本堂の裏手の崖の岩窟には、小さなお堂も祀られている。
御詠歌:願わくは、般若の船にのりを得ん いかなる罪も浮かぶとぞ聞く


 秩父札所 第33番「菊水寺(きくすいじ)」:曹洞宗
画像 このお寺は、桜の木のある参道の先にお堂が見える。
札所巡りも残すところ、あと2か寺となってきた。
立派な構えをしたお堂に一歩足を踏み入れると、堂内は土間の作りとなっていて正面に観音様が鎮座し、右手が納経所となっている。
堂内の欄間には、子孫繁昌の大きな額が掲げられている。
御本尊は、聖観世音菩薩である。

御詠歌:春や夏、冬もさかりの菊水寺 秋のながめにおくる年月 


秩父札所 第34番「水潜寺(すいせんじ)」:曹洞宗
画像 ヤッホー!秩父札所の最後の巡拝です。
 このお寺は、秩父郡皆野町にあって、西国・坂東・秩父の日本百観音の札所満願の寺である。
 荒川の支流となっている日野沢川の沢伝いの登っていく。
今回は、釣瓶落としの秋の日暮れは早く、夕方の5時前に到着する。
参道の緩やかな坂道を上って行くと、ずらりと三十三観音の石仏が迎えてくれた。
本堂は、ひっそりとした佇まいの山中にある。
御本尊は、室町時代の作といわれる立派な千手観世音菩薩である。両脇には阿弥陀如来と薬師如来が安置され三尊となっている。
結願の合掌・礼拝のため、お堂にずらりと並んでいる木魚を打ちながら、般若心経や観音経などを唱える。(ポクポク!)
これで9月からスタートした秩父札所が満願です。お疲れ様でした
ブログを御訪問いただいた皆さんに感謝です。
ありがとうございます

御詠歌:萬代の 願いをここに納めおく 苔の下より出ずる水かな


参考
※秩父34カ所観音霊場の「平成26年・甲午歳総開帳」でいただいた散華です。
第1番〜第34番までの散華34枚の 一覧です。
画像
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秩父札所 第29番「長泉院」〜第31番「観音院」

2014/10/26 20:28
 秩父札所 第29番「長泉院(ちょうせんいん)」:曹洞宗
画像 参道入り口にある「枝垂れ桜」が地元では有名なお寺であり、台座に座った延命地蔵とがよく似合う。
 また、東国花の寺百か寺の一つであり、境内では、一年を通して様々な花が咲いているという。
 お寺の後方にある竹林に囲まれた本堂や庭園が美しい。
 本堂正面の欄間には、葛飾北斎が奉納した桜の絵柄の板絵額がある。

 御本尊は聖観世音菩薩である。

 御詠歌:わけのぼり 結ぶ笹の戸おし開き 仏を拝む身こそたのもし


 秩父札所 第30番「法雲寺(ほううんじ)」:臨済宗
画像 秩父鉄道の白久駅または国道140号から谷津川沿いの林道を瀬音を効きながら進むと、三方を山に囲まれた法雲寺の石柱が見えてくる。
 20段余りの石段を上ると、境内中央には、谷水を引き入れた清く澄んだ池が施してあり、金魚が入れてある。またその周りは、映しく刈り込まれたさつきや岩が山水のように配置され、大変美しい庭である。
朱塗りの本堂は、中国風の唐時代からの渡来のお寺を実感させる如意輪観音を納めていることに関係しているように思える。本堂から庭園の全景や近くの秩父の山々の見晴らしは素晴らしい。
 回廊つきの本堂の横には、松の根株の「飛龍の松」が置かれている。

 御本尊は、中国の楊貴妃に例えられる綺麗で美しい「如意輪観世音菩薩」である。 

 御詠歌:一心に 南無観音と唄うれば 慈悲ふか谷の 誓いたのもし


 秩父札所 第31番「観音院(かんのんいん)」:曹洞宗
画像 この寺は、秩父の札所の中で、最も西の端の霊場である。
参道の近くには、山を切り開きひな壇式に石で彫り、赤い前掛けをした水子地蔵が門前に並べられている。その先の山麓に仁王門がある。仁王門には、大きな石造りの仁王像が待ち構えている。
 門をくぐると難所と呼ばれる、不規則に並べられた険しい約300段の石段を上る。
石段を上ると、一町毎に丁名があり古い石仏が並ぶ。急な石段を登りつめると、三方を岩壁に囲まれた境内にコンクリート造りのお堂が見える。入り口には鐘楼があり、鐘を鳴らしてお参りをする。ゴーン!!
 お堂の横の岩壁には、磨崖仏や聖浄の滝が落ちていて、マイナスイオンを浴びながら参拝をする。

 御本尊は、聖観世音菩薩である。

 御詠歌:みやま路を かきわけ尋ねゆきみれば 鷲のいわやに ひびく滝つ瀬



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秩父札所 第26番「圓融寺」〜第28番「橋立堂」

2014/10/15 12:13
 ◆第26番「圓融寺(えんゆうじ)」:臨済宗
画像 本堂は、桑畑を登りつめた山麓の住宅地にあり、山門から約300段の石段を上った先にある。
懸崖の上に、舞台造りの間口の広い観音堂が大きな岩の上に建っている。
納経は、石段を降りた右側の圓融寺で行っている。
また境内の庭がきれいに整備されており、また庭には牡丹の株なども植えられている。
境内も広くなかなか立派なお寺である。
御本尊は、聖観世音菩薩である。

御詠歌:尋ねいり むすぶ清水の岩井堂 心の垢をすすがぬはなし


 ◆第27番「大渕寺(だいえんじ)」:曹洞宗
画像 このお寺は、27番のお寺から裏山に向かって行く。
また、秩父鉄道の道影森駅から徒歩で10分ほどのところにあり、参道の入り口は、線路のそばにある。
近づくと、小高い山頂が見え、約16メートルのコンクリート造りの大きな「白衣観音」がそびえ立つ。
関東エリアでは、高崎・大船と関東三大観音像と呼ばれている。
山門をくぐって境内に入ると、左手に33か月長生きするという湧水の「延命水」があり、ひと口喉を潤してから、階段を上がり、平成8年に建立された、真新しい本堂(観音堂)を目指す。

御本尊は、聖観世音菩薩である。
本堂裏の山には、カタクリの群生地なども見られるほか、時々は野猿が出没するらしく、本堂の周りに供物を置くことは止めてほしい。という張り紙がある。

御詠歌:夏山や しげきが下の露までも 心へだてぬ 月の影もり 


 ◆第28番「橋立堂(はしだてどう)」:曹洞宗
画像 秩父札所の中で唯一の馬頭観音の御本尊のお寺であり、武甲山の登山道の入り口にある。
本堂は、山の石灰岩が切り立った岩肌のむき出しになった直角の壁を背にした崖下のところに建立されており、これはすごく珍しい光景である。
また、本堂の階段下には、鍾乳洞の入り口があり、秩父巡礼者以外にも登山客や鍾乳洞の観光客が沢山訪れる場所で賑わっている札所でもあった。
鍾乳洞は橋立堂の奥の院ともなっており、入り口は納経所が兼ねている。洞内の長さは約130メートルで照明や所々に梯子が架けられている。洞内は複雑に屈曲しており、小さなコウモリが住民となっており、参拝後の洞窟探検もなかなか楽しいものであった。

本堂の傍には、茶店が3軒が多くの訪問客を相手に、カフェ、お茶、そば・おでんなどの昼食、お土産を販売している。
御本尊は、馬頭観世音菩薩である。
馬頭観音は、日本百観音の中でも、西国33カ所の第29番の松尾寺とこの「橋立堂」だけで珍しい境内には、馬の銅像も納められている。

御詠歌:露の海 たちかさなるは雲の波 たぐいあらじとわたる橋立
※秩父札所の巡拝も残すところ6カ寺となったが、次の巡拝で早く満願に持っていきたいものだ。
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秩父札所 第22番「童子堂」〜第25番「久昌寺」

2014/10/08 23:43
 ◆第22番「童子堂(どうじどう)」:真言宗
画像 秩父の田舎道を進むと、茅葺きの山門が見えてくる。一般的な山門には、睨みを効かせる強面の仁王像が鎮座している場合が多い。しかしここの山門には、素朴で温かい顔をした仁王像が安置されている。一見の価値があると思う。
山門をくぐると参道の脇には、畑が開け、梅、お茶、藤の木などと、大根、白菜などの野菜が植えられている。自給自足のお寺のようにも感じた。(笑い)
境内のお堂の扉には、風神、雷神などがほどこされ、立派である。
納経所では、水と梅干のお接待をいただいた。
御本尊は、聖観世音菩薩である。

御詠歌:極楽を ここで見つけて童う堂 後の世までもたのもしきかな


 ◆第23番「音楽寺(おんがくじ)」:臨済宗
画像 このお寺は、秩父市のミューズパーク(公園)の森のの中腹に立地している人気の札所である。ここからは、秩父市内が一望できる見晴らしの良い場所である。したかが歩いて登ると息が切れる高台にある。
門前には枝垂れ桜の老木があり、観音堂はそこから階段を上る。
お堂の回廊には、音楽に関係する人たちや歌手がヒット祈願に訪れ、歌のプロモーションポスターが沢山掲示してある。ここは、春は桜の名所として、また参拝者からは名前の由来からも音楽に関係して人気がある。
御本尊は、聖観世音菩薩である。

御詠歌:音楽の み声なりけり小鹿坂の 調べにかよふ峰の松風


 ◆第24番「法泉寺(ほうせんじ)」:臨済宗
 このお寺は、かつては北陸の加賀の修験者の道場の拠点であったという。県道から急な坂の階段116段を一気に上る。 
樹木に囲まれた境内には、観音堂と納経所などがある。
観音堂は四方を回廊がめぐらせてあり、柱も八角柱が主なつくりである。
御本尊は、聖観世音菩薩である。

御詠歌:天照らす 神の母祖の色かえて なおもふりぬる雪の白山


◆第25番「久昌寺(きゅうしょうじ)」:曹洞宗
画像 24番札所から暫く行くと朱色の山門と大きな鯉が泳ぐ弁天池や蓮にかこまれたお寺が見える。
この池は、四季の季節の彩が映しだされる様になっており、春は桜、秋は紅葉や曼珠沙華などが見られる。
境内は山間にありながら、お堂は新しく建立され立派である。
御手判寺とも呼ばれ、開祖の上人が閻魔大王から授かったという御手判寺と書かれた扁額が仁王門に掲げてある。
御本尊は、聖観世音菩薩である。

御詠歌:水上は いづくなるらん岩谷堂 朝日もくなく夕日かがやく
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秩父札所 第18番「神門寺」〜第21番「観音寺」

2014/10/06 01:27
 ◆第18番「神門寺(ごうとじ)」」:曹洞宗
 画像秩父市の町中の国道140号沿いにお寺はある。小さな境内ではあるが、観音堂・不動尊堂・蓮華堂・納経所・休憩所と売店がきちんと配置されている。
 神門という名前は、敷地が元は神社であったという由来から来ているという。
本堂には回廊がめぐらされており、本堂のま裏には、大日如来像や千手菩薩など多くの仏像が鎮座しており、また観音様と常時お手合わせができるお手綱が張ってある。(今回はうまどしの12年に一度の御開帳であるので、本堂正面にもお手綱が張ってあるが)
 さらに、回廊には、地元の大工さんが彫ったという素朴な仏像が何十体も安置してあるのは珍しい。
ご本尊は、御開帳のため拝顔できたが、約1メートルほどの大きな聖観世音菩薩である。

御詠歌:ただたのめ 六則ともに大悲をば 神門に立ちてたすけたまへる


 ◆第19番「龍石寺(りゅうせきじ)」:曹洞宗
画像 このお寺の本堂は、地表に露出した巨大な岩盤の上に立っている。お堂は、戦時中に荒廃したものを再建するため、地元の観光協会のメンバーが托鉢や募金をして世論を動かし、集めた浄財で昭和48年に建立されたという新しさがある。
御本尊は、千手観世音菩薩である。

御詠歌:天地を 動かす龍石寺 まいる人には利生あるべし


 ◆第20番「岩之上堂(いわのうえどう)」:臨済宗
 この寺は、荒川へ下っていく坂の途中にあり、お堂が内田家の個人所有という境内は、周囲が木立に覆われ、川のせせらぎの音も聞こえ、癒される感じがする。
お堂の屋根が二重の作りになっているとともに、観音開きの扉の裏には、見事な彫刻が施され、秩父札所では随一の厨子と言われている。お堂の中には、赤子を模した猿子の飾りものが吊るされているのも面白い。
観音堂から石段を降りていくと、乳水場があり、昔は対岸から渡し船でここに着き、お堂に上がったという。
御本尊は、聖観世音菩薩である。

御詠歌:苔むしろ しきてもとまれ岩の上 玉のうてなもくちはつる身を 

 ◆第21番「観音堂(かんのんどう)」:真言宗
画像 このお寺は、20番札所からブドウやイチゴの果樹園が多い畑の中の県道を行くと、瓦葺きのお堂が見えてくる。
御本尊は、大正時代の火災の時も難を逃れたので、火除けの聖観音菩薩と呼ばれている。

御詠歌:あづさ弓 居る矢の堂に詣できて 願いし法にあたる嬉しさ
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秩父札所 第14番「今宮坊」〜第17番「定林寺」

2014/09/30 22:06
 ◆秩父札所 第14番「今宮坊(いまみやぼう)」:臨済宗
画像  この寺は、明治の初めまで秩父市街地に竜神様を祀る今宮神社の境内にあったという。その名残でもある、樹齢約500年の埼玉県内最大の大ケヤキがある。現在の境内はとても狭く、周りは住宅地に囲まれているが、お堂は五色の布で飾られ大きく見える。
長い歴史を守るお寺の管理運営は、住宅地の町内会で行っているという。
御本尊は聖観世音菩薩である。

御詠歌:「昔より 立つとも知らぬ今宮に まいる心は浄土なるらん」


 ◆秩父札所 第15番「少林寺(しょうりんじ)」:臨済宗
画像 この寺は、秩父神社から秩父鉄道の線路を渡った近いところにある。

 この秩父神社は、由来は古く、この秩父地方の開拓者を祀り、12月の「秩父夜祭」でも知られ、京都の祇園祭、飛騨高山の高山祭と並んで、日本三大曳山祭りに数えられている。
秩父神社の拝殿横の壁面には、左甚五郎作の三猿の彫刻や龍の彫刻などが並んでいる。これは一見お価値がある。また神社の隣には、秩父まつり会館があり、夜祭の笠鉾や屋台の山車、映像が楽しめる巡拝の際に時間があれば、ぜひ立ち寄ってみると良い。

少林寺のお堂は、札所の中では唯一の漆喰白壁の蔵造りで珍しい。
また境内には、生糸相場の大暴落や眉の不出来による地域の農民の生活が破滅に瀕した武装蜂起した悲しい秩父事件で殉職した警官の墓もある。合掌。
御本尊は十一面観世音菩薩である。

御詠歌:「みどり子の ははその森の蔵福寺 ちちもろともに誓いもらすな」


 ◆秩父札所 第16番「西光寺(さいこうじ)」:真言宗
 この寺は、梅の古木が並ぶ参道の奥に、土塀で囲まれた閑静な所にある。
お堂の正面の欄間には、珍しい金色の釈迦の涅槃像が掲げてある。
また境内には、回廊堂がしつらえてあり、四国八十八カ所のご本尊の模像が祀られ、御利益が得られる。このほかにも境内には、茅葺き屋根をのせた大きな酒樽の中に大黒天が祀られているのも面白い。
御本尊は、行基作の千手観世音菩薩である。

御詠歌:「西光寺 誓いを人にたずねれば ついの住みかは西とこそ聞け」


 ◆秩父札所 第17番「定林寺(じょうりんじ)」:
画像 この寺の境内右側に鐘楼があり、鐘の周囲には西国三十三カ所、坂東三十三カ所と秩父三十四カ所を合わせた日本百観音のご本尊が彫られており、これは珍しい。
当日は、参拝前に祈念の一打をさせていただいた。
合掌、ゴーン鐘の音がよく響いた
札所17番は、アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(あの花)で主要な舞台の一つになっており、「あの花」の絵馬などが販売されている。納経所と売店は本堂の裏に。
御本尊は十一面観世音菩薩である。
このお寺の参拝を終え、やっと折り返し点に立った、残り17か寺である。(笑)

御詠歌:「あらましを 思い定めし林寺 鐘ききあえず夢ぞさめける」
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秩父札所 第9番「明智寺」〜第13番「慈眼寺」

2014/09/24 20:03
 ◆秩父札所 第9番 明智寺(あけちじ)」: 臨済宗
画像 この寺は、武甲山の麓にある三菱マテリアルのセメント工場群の煙突やパイプがまじかに見えるところにある。平成2年に再建され、秩父の札所の観音堂では一番新しく、小さな寺院である。山門もなく、開けっぴろげの境内に柱や扉の朱色と白壁のコントラストがまばゆい感じがする。 
御本尊は、如意輪観世音で、安産と子育ての菩薩として御利益があり、信仰がある。また秩父にはここ9番と30番の法雲寺にも如意輪観世音菩薩が安置されている。 

御詠歌:「巡り来て その名を聞けば明智寺 心の月はくもらざるらん」 


 ◆秩父札所 第10番 大慈寺(だいじじ)」:曹洞宗
画像 この寺は、南に武甲山を仰ぎ、横瀬町の里を眺める、のどかな田園の中にある。石階段の上にある楼門には仁王像が納まり、風格がある。御本尊は、聖観世音菩薩が祀られている。

御詠歌:「ひたすらに 頼みをかけよ大慈寺 六つの巷に苦にかわるべし」


 ◆秩父札所 第11番 常楽寺(じょうらくじ)」:曹洞宗
 このお寺は、秩父市の国道299号の坂、「板氷」を登る途中にあり、うっそうとした杉林を背後にしたところに本堂がある。こじんまりとした狭い境内であるが静かな感じがした。
御本尊は十一面観世音菩薩である。

御詠歌:「罪とがも 消えよと祈る坂ごおり 朝日はささで夕日かがやく」


 ◆秩父札所 第12番 野坂寺(のさかじ)」:臨済宗
画像 このお寺は、秩父屈指の花の寺とも呼ばれ、四季折々花が咲くという。桜の木がある参道を行くと、明治時代の秩父の大火でも焼失をまぬがれた重層の楼門づくりの山門があり、左右には閻魔大王などが鎮座している。立派である。山門をくぐって振り返ると、山門の重層の2階部分には阿弥陀や不動明王など三体が描かれている。
境内には、鉢植えの蓮が約70種、ほかにも藤棚、モクレン、牡丹などと多彩である。
後背地の山は、シバザクラで有名な羊山公園とつながっている。
御本尊は、秩父では一番大きいと言われる立像の聖観世音菩薩である。当日は本堂にある木魚を拝借して般若心経や観音経をあげさせていただいた、ポクポク。合掌
本堂の横では、お茶と自家製の小梅のお接待があり、嬉しい。

御詠歌:「老いの身に 苦しきものは野坂寺 いま思い知れ後の世の道」


 ◆秩父札所 「第13番慈眼寺(じげんじ)」:曹洞宗
画像 このお寺は、秩父市街地の交通量の多い通りに面し、バス停の名前も「札所13番」の表示がある。
境内に入ると右手に、一切経が納められている六角輪蔵や薬師堂がある。
本堂からは、そばを通る秩父鉄道のSL列車も見ることができた、感激である
御本尊は、行基作といわれる聖観世音菩薩である。

御詠歌:「御手に持つ 蓮のははき残りなく 浮世の塵をはけの下寺」 

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秩父札所 第4番「金昌寺」〜第8番「西善寺」

2014/09/11 23:31
 ◆秩父札所 第4番 金昌寺(きんしょうじ):曹洞宗
画像 この寺は、まず山門の左右にかけられた大きな草鞋(わらじ)の一対が目に入る。次にこの山門をくぐると、なんと1300体の石仏(県指定文化財)が境内を埋め尽くす光景に遭遇する。凄い!2度びっくりのお寺である。
観音堂のご本尊は「十一面観世音菩薩」が祀られている。

 御詠歌:「あらたかに 参りて拝む観世音 二世安楽と誰も祈らん」


 ◆秩父札所 第5番 語歌堂(ごかどう):臨済宗
 そば畑の前に位置する語歌堂には、仁王門と観音堂がある。ご本尊は、珍しい「准胝観音菩薩」である、この観音は西国11番札所の京都市山科地区の上醍醐寺とこのお寺の本尊だけである。お寺は無住のため、納経は近くの長興寺で頂いた。

 御詠歌:「父母の 恵みも深き語歌の堂 大慈大悲の響いたのもし」


 ◆秩父札所 第6番 卜雲寺(ぼくうんじ):曹洞宗
画像 卜雲寺は、ぶどう畑が連なる観光農園の先にお堂がある。境内には、家内安全や交通安全の「ひじり地蔵」やご本尊の「聖観世音菩薩」などがある。お堂からは正面に秩父のシンボルでもある武甲山が広がる。しかしながら、いまや石灰岩の採掘の跡が山の姿を変え、白っぽい一大セメント工業の産地と化している様相は異様でもある。 参拝当日には、境内で温かいお茶のお接待があり、有難くいただきました。

 御詠歌:「初秋に 風ふきむすぶ萩の堂 宿かりの世に夢ぞさめける」


 ◆秩父札所 第七番 法長寺(ほうちょうじ):曹洞宗
 法長寺は、小規模なお堂が多い秩父の札所の中では、秩父一の大きな本堂を有する立派なお寺であり、平賀源内の設計と言われる。また広々とした境内には巨岩と草木の植え込みが配置され、また牛伏せの石像も鎮座しているぞと。
ご本尊は、「十一面観世音菩薩」である。

 御詠歌:「六道を かねてめぐりて拝むべし またのちの世を 聞くも牛伏」


 ◆秩父札所 第八番 西善寺(さいぜんじ):臨済宗
画像 西善寺の山門をくぐって境内に入り、巨岩が両側に立ちはだかる石段を降りると、樹齢600年とも言われるカエデの巨木が庭を覆っている。10メートルほどの樹高もある凄い枝振りの様子は立派そのものである。紅葉の時期にもう一度訪ねてみたい気がする。
ご本尊は、阿弥陀三尊とし、本堂には「十一面観世音菩薩」を安置している。

 御詠歌:「ただ頼め 誠の時は西善寺 来たり迎えん弥陀の三尊」


画像
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秩父三十四観音 第1番「四萬部寺」から巡礼開始!

2014/09/02 21:42
 平成26年9月から4〜5回くらいに分けて「秩父34観音札所めぐり」をスタートする。
先年、「四国八十八カ所」を約2年かけて公共交通機関を中心として参拝・結願。
次に、霊場巡りで一番歴史があり、近畿7府県にある「西国三十三観音」を公共交通機関を中心として参拝・結願。
さらに、2013年秋に関東7都県にある全行程1300kmもある「坂東三十三観音」を参拝・結願。

 ◆秩父第1番札所 「四萬部寺(しまぶじ)」:禅宗の曹洞宗
画像 今回は、日本百観音参拝を目指して、「秩父三十四観音」を巡拝する、距離は約100kmと言われている。
2014年は春から12年に一度の午歳に秩父札所では、普段秘仏として扉が閉じられている各本尊の観音様の扉が開かれ、「午歳総開帳」が11月18日まで実施中である。この記念すべき年に秩父巡拝を札所順に楽しみながら参拝してみたい。【笑】

画像 四萬部寺は、秩父市栃谷のゆるやかな坂の上にある禅宗の曹洞宗のお寺である。観音堂に安置されているご本尊は行基の作と伝わる「聖観世音菩薩」である。また、お堂の正面に緻密な地獄と極楽の彫刻には要注目である。境内には、八角輪蔵の施食殿もある。【写真を掲載】
このお寺では、納経帳や納め札などを購入し、ご朱印をいただいた。また今年は午歳のため11月18日まで、特別に納経帳には午歳の印と散華(さんげ)の配布がなされている。
御詠歌:「ありがたや 一巻ならぬ 法のはな 数は四萬部の 寺のいにしえ」

 ◆秩父第2番札所 「真福寺(しんぷくじ)」:曹洞宗 
画像 秩父市山田の高篠山(665m)の中腹にある真福寺は木々が生い茂る閑静な札所である。苔の緑に覆われた岩盤にある観音堂はひっそりと佇み、霊場に相応しい感じがする。ご本尊は一木造りの「聖観世音菩薩」である。【写真を掲載】
このお寺は無住の札所のため、納経は35分ほど坂を下った「光明寺」で頂いた。
※光明寺:1311年鎌倉の「建長寺」により法性国師を迎えて整備された立派な格式を有している。末寺には、2番真福寺、3番常泉寺、4番金昌寺などがあったという。
御詠歌:「めぐり来て 願いをかけし大棚の 誓いも深き 谷川にお水」



◆秩父第3番札所 「常泉寺(じょうせんじ)」 :曹洞宗
 2番札所から進んで、両側に田んぼと畑が広がる正面の参道の突き当りに常泉寺の本堂が見える。本堂には薬師如来が祀られている。
また観音堂の軒下には、「龍の透かし彫り」の彫刻がみられる。ご本尊は、「聖観世音菩薩」である。
御詠歌:「補陀落は 岩本寺と拝むべし 峰の松風ひびく滝津瀬」



※参考までに第1番札所「四萬部寺」のご朱印を掲載する
画像


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坂東三十三観音 第33番札所 「那古寺」参拝で結願、ヤッホー!!

2013/11/03 21:34
画像 平成25年11月、ようやく4年少々をかけて、坂東三十三か所霊場めぐりの旅を結願できる最後の寺にこぎつけた。
坂東三十三観音の霊場は総距離千数百キロメートルのあり、徒歩で巡拝して回ると30日から40日程度はかかるという。その三十三札所の結願の寺は、千葉の南房総の館山市にある「那古寺」である。
アクセスは、JR内房線那古船形駅から徒歩15分の距離にある。

この寺の裏山となる那古山は、標高83m小高い山であり遊歩道が設けられ、熱帯系の蘇鉄やタブノキに加え、スダニイやヤブニッケイなどが一面に茂る。
また寺の本堂前からは明るい館山湾が一望できる絶景を見ることができた。この那古寺からの景観や風光明媚さは、満願に参拝する巡礼者にとって、気持ちの良い安らぎを与えてくれるようだ。 

このお寺は縁起によれば、寺歴は古く、717年の奈良時代に元正天皇(女帝)の病気平癒を祈願するため「行基」がこの地を訪れ、海中より得た霊木で千手観音を刻み祈願すると、ただちに霊験が現れて、たちどころに女帝は回復した。これを喜んだ女帝の勅命で、那古山の頂上に伽藍が建立されたとある。山上からは、遠く南方の海上にあるという観音の霊地である補陀洛も望めるということで、山号も「補陀洛山」とつけられたそうである。補陀洛とは、観音の浄土を意味するという。
その後、慈覚大師が修行、秀円上人による真言密教の霊場となる。
鎌倉時代には源頼朝により七堂伽藍を建立。足利尊氏や地元の大名である里見氏の保護を受け、大いに隆盛を極めたという。

画像 この寺院は、参道を登ると仁王門が立ち、境内の桜に囲まれるように阿弥陀堂や多宝塔が立ち並ぶ。
その正面に位置するのが本堂である。元禄の大地震で塔堂は全壊してしまい、1759年徳川幕府によって再建され、2年後に多宝塔が建立されている。
平成20年に大改修を終えた本堂は八間四面である。「円通閣」の額は、江戸時代の「寛政の改革」で知られる松平定信の書である。
当方が線香とお灯明をあげて、堂内に入ると、結願寺らしく多くにお満願額や納札が納められている。内陣には、ご本尊の千手観音ならって作られた銅造の千手観音が安置されている。これは鎌倉初期の作で、国指定の重要文化財である。厳しい表情のお顔ながら、千の手で広く参拝者を救ってくれる慈愛を感じさせてくれる観音様である。
最後に、ここまで無事に巡礼し結願できることに感謝します。(合掌)


画像 次に、今回那古寺の満願の祈願の折に寄り道として、那古寺のそばにある真言宗智山派の大福寺(別名:「崖観音」。)に参拝をした。
この寺は、那古寺の裏山に連なる船形山の中腹に浮かぶ朱塗りの観音堂は、「崖観音」と地元民に呼ばれている。
717年に行基が東国行脚の折に、地元漁民の会場の安全と豊漁を祈願して船形山の祠にある岩肌の自然石に十一面観音菩薩を刻んだ磨崖仏がご本尊となっている。岩肌に刻まれた十一面観音は、海風の影響を受けて今でも風化が進んでいるようである。
崖観音からの館山市内、東京湾などの眺望は素晴らしく、ここもぜひ立ち寄ってもらいたい。
那古寺から西へ徒歩で10分程度です。



秩父三十四ヵ所を歩く?ゆっくり巡る日帰り8日間 (歩く旅シリーズ「古寺巡礼」)
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坂東三十三観音 第32番札所「清水寺(清水観音)」を参拝。

2013/09/29 21:20
画像 平成25年9月に千葉県いすみ市岬町にある坂東三十三観音第31番札所「音羽山 清水寺」に参拝した。
この清水寺は、西国三十三観音第16番札所で京都の「音羽山 清水寺」、また西国25番札所で兵庫県加東市にある「御嶽山 清水寺」とともに、日本三清水ともいわれ、感慨深い気持ちになる。

ここ清水寺の位置は、関東の中でも周囲が数少ない自然林の環境の良い「音羽の森公園」に囲まれ、その湧水が利用されているのも心地よい。
そういえば、京都の清水寺も後背地の音羽山からの湧水があるのと類似している。
画像 寺伝によれば、この清水寺の起こりは、平安時代の初めの頃に比叡山を開基した伝教大師がこの地を訪れた際に庵を建立し、その後弟子の慈覚大師が「千手観音」像刻んで安置したというところに始まるようだ。

多くの野鳥が住処とする自然豊かな音羽の森に入り、ちょっと急な坂の参道を登ると、最初に目に入るのが、渋い色調の木造の「仁王門」がある。
次に、その奥に朱色が鮮やかな「四天門」が配置されている。四天門には、四天王の像の配置のほかに欄干がめぐらされており、唐破風をつけている特徴がある。

画像 門を入ると右手には百体観音堂があり、西国・坂東・秩父の三か所にある百観音の本尊のミニュチアが安置されている。
またその隣には、明治の末期に住職が仏師に彫りを依頼したなぜか「赤穂四十七士」の彫刻がある。さらにまた左手には、奥の院のお堂が配置されている。
ここから石段を上ると本堂で、中には細工が見事な厨子(千手観音は秘仏で残念である・・)が安置されており価値がある。

画像 今回の参拝では、2年前に参拝したお寺であるが、おまけとしてもう一度、第31番札所の「笠森寺(笠森観音)」に立ち寄った。
笠森寺は、宮崎駿のアニメ「天空の城 ラピュタ」によく似た森の中にそびえる寺院であり、本堂は木組みで建築されており、京都のミニ清水寺を彷彿させる感じさえする、これは何度見ても圧巻である。今回は柱などが補修中であったが、坂東めぐりにおいて、記憶に残る寺院の建築物の一つである。

 坂東三十三観音霊場めぐりも残すところ、あと1か寺、第33番札所の「那古寺」を残すのみとなった。
平成25年内の満願は、嬉しくもあり、寂しくもあるかな。
 
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坂東三十三観音 第28番「龍王院(滑河観音)」を参拝!!

2013/07/21 19:29
画像 平成25年7月に千葉県成田市滑川にある天台宗の十一面観音を安置する「龍王院」(滑河観音)に参拝した。
経路は、JR成田線滑河駅から徒歩で約1.5km、20分のところにある。 
境内の入り口にある仁王門は、室町時代中期の建築物特有の茅葺きの屋根は、寄棟造りの建築様式をみせている国指定の文化財である。また仁王門には、龍を象徴した注連縄(しめなわ)がかけられているのは珍しい。仁王門をくぐって境内に入ると、は、椎(しい)、松、銀杏、くぬぎのなどの老木に囲まれて、諸堂が並び立っている。

 この寺の由来は、滑河観世音の御詠歌、「音にきく 滑河寺の朝日ケ淵 あみころもにて すくふなりけり」によく表れている。
画像 西暦838年の夏に冷害と疫病が下総一帯を襲った際に、この地方の滑河城主の小田将治は、蔵米や銭を領民に施したが足りず、そこで慈覚大師が開基した龍王院の観音に祈り、法華経を読むと結願
の日に一人の童女が現れ、城主を小田川のほとりに導いた。
すると一人の老僧が船に乗って現れ、自分の僧衣を網にして、川から一寸二分の小さな観音像を掬いあげて将治に与え「この像を心から祈り、この淵に湧く乳水をなめよ」と教えた。
将治が老僧の教えに従い、川から現れた観音像を持ち帰って一宇を建てて安置したところ、気候は回復して穀物は実り、領民の病気も治ったという。
 本堂は、元禄9年徳川綱吉が大檀那となって再建したもので、県指定の文化財である。江戸時代の絵馬や狩野派による色彩鮮やかな天井画が寺の歴史を物語っている。
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坂東三十三観音 第27番札所「円福寺」を参拝!!(ヤッホー)

2013/06/10 05:03
画像 平成25年6月に千葉県銚子市にある飯沼山「円福寺」を参拝した。飯沼観音として親しまれている円福寺は、市内の中心部に位置している。このお寺は、JR銚子駅から銚子電鉄に乗り換え、観音前駅で下車してすぐのところにある。

ご本尊の十一面観音は、728年に海中から出現したと飯沼山観世音縁起絵巻にある。のちに弘法大師が巡拝し、新たに十一面観音菩薩を開眼した際に、大きな伽藍を建立し、その後豪族の千葉氏の肥後を受け、現在に至っているという。その後太平洋戦争の時に、銚子市が米軍の爆撃に遭い、寺の多くを焼失し、現在の観音堂が再建されたのは昭和46年であり、比較的建築物は真新しい感じがする。また平成20年に建立された五重塔が飯沼観音の新しいシンボルとなっており、本堂といい立派な佇まいである。
本堂の境内の裏には階段を降りたところに、ぜひ訪れてもらいたい、銚子で人気の美味しい今川焼のお店「さのや」がある。今川焼には黒あん、白あんの2種類があるが、あんは両方ともたっぷりと多いのは嬉しい。また価格も1個@130円と安価である。是非ご賞味ください。

画像なお、納経所は本堂には無く、山門を出てしばらく坂を上ったところにあり、これまた立派な別院の寺務所に納経所があるので間違わないように注意されたい。境内は大変立派であるが、本堂から納経所への案内サインが分かりにくいのが難点であるようだ。
 
 銚子漁港は、我が国屈指の漁港である。今も遠洋漁業の基地として高知県や和歌山県、静岡県に籍を置く漁船が多数停泊しており活況を呈している。さらに漁港前にあるの卸市場には、鮮魚店、干し物店、魚介類の飲食店などがも並び、新鮮なsakanaを目当てにした都心などからからくる客も多いという。

 また、銚子は和歌山から伝わった醤油の産地として、全国的に有名な「ヒゲタ醤油」、「ヤマサ醤油(東京ドーム7個分の広さの敷地もある)」の各本社工場もある。参拝の前後にはぜひ工場見学をお勧めしたい。※今回は土曜日で工場は休業であったが、当日に電話の予約を入れれば見学は大丈夫であった。

画像 さらに、犬吠先は銚子半島の東端にあり、そこには明治時代初期に建設された白亜の犬吠先灯台(31メートル)がある。この灯台に上ると全方位360度の眺望にのうち330度までが海を占め感激する景色であった。素晴らしい。
当日は、お天気も上々であり、是非灯台に登ってからの海上周辺の眺望をお勧めする。

 最後に、銚子で見つけた地元客でにぎわうランチ食堂を紹介する。それは犬若漁港のそばにある「犬若食堂」である。お店おの外見は一見すると、写真のようにオンボロな店構えである。しかしながら、なんとお店の魚のメニューが珍しい料理を提供が提供、かつ安価であり、美味しくて素晴らしいの一語に尽きる。
例えば、あずま丼(マグロの刺身どんぶり)、サルエビのから揚げ定食刺身の盛り合わせなどが定食で用意されており、価格も何れも1000円前後と格安で美味しい内容であった。
また、サービスのお茶がウーロン茶でビアジョッキで出てくるのも面白い
画像 また、訪れた当日は朝に上がったマグロが入荷し、そのマグロから3人分程度しか取れない、珍しいマグロの心臓や肝臓等がアラカルト料理として、オーナーが提供してくれた。(地元客でもめったにお目にかかれないマグロの心臓には感激の舌鼓を打ったしだいである。)
 銚子に行けば、ランチタイムに一度は訪れてみたいお勧めのお店・犬若食堂である。
今回の旅の感想であるが、銚子といえば、漁港の魚、犬吠碕の灯台、醤油蔵は欠かせない旅であった。




新上総国三十三観音巡礼
千葉日報社
水野 通雄

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坂東三十三観音 第22番札所「佐竹寺」を参拝!!(ヤッホー)

2013/05/02 21:56
画像 平成25年4月に茨城県常陸太田市にある「妙福山佐竹寺」を参拝した。アクセスは、JR常陸太田駅から徒歩で30分、又は車は常陸自動車道の日立南太田ICから約30分の距離である。

 寺の創建は、平安時代の985年に花山法皇の勅願により元密上人と伝えられ、ご本尊の十一面観音菩薩は法皇が護持していた聖徳太子の作をお祀りしたと伝わっている。
 佐竹寺は、常陸地方の豪族でこの地を支配していた源氏一族の源昌義が姓を佐竹氏と改めたという伝承があるようだ。戦国時代には隆盛を極め、54万石を有した名だたる大名の佐竹氏代々の祈願寺として知られている。また常陸太田城の鬼門除けで俗にいう北向き観音として信心を集めたという。佐竹氏は、関ヶ原の合戦で豊臣方に内通したとされ、徳川幕府から秋田(20万石)に国替えとなり、勢いは大寺院から徐々に寂れ、現在に至るという。

画像  本堂は、1546年に佐竹義昭が再建し、茅葺きで寄棟造りの立派な佇まいであり、国指定の重要文化財(国宝)である。本堂の正面には、佐竹氏が源頼朝から奥州藤原氏の征伐の折に授かった軍扇にちなんだ家紋「月印と五本骨軍扇」が掲げられている。
 しかしながら、お寺の現況は住職も不在のようであり、お寺の境内は十分な手入れもされず、山門やお堂には「千社札」が張り放題で汚れ、本堂の中を覗くと堂内は埃にまみれ、荒れた状態であり、どんどん朽ちていくのが大変残念である。
仁王門は昭和15年の建築のもので大きくて立派な仁王像(阿吽の2像)も見られるが、折角の仁王像の腕は欠落するなど、十分な保守もされず大変残念な状態であった。
納経所で御朱印をいただいたが、相当なご高齢の方が対応されており、お寺の維持が大変そうにうかがえた。

画像 また常陸太田市の市街地には、佐竹氏の後、この地を領地とした水戸徳川氏の二代目徳川光圀公(黄門様)が隠居後に10年間を過ごした「西山荘」も近くにある。

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坂東三十三観音 第21番札所「日輪寺」に参拝!!(ヤッホー)

2013/04/14 10:42
画像 平成25年4月13日に、 ここ日輪寺を参拝した。このお寺は、坂東三十三観音の札所の中でも一番山深く、茨城県の最北端であり、かつ福島県と栃木県にまたがる県境にある八溝山(標高1022m)の八合目の中腹にある。ここは道の険しさから、坂東の最大の難所と言っても過言ではない。
 今回は、公共交通機関(茨城交通のバス利用)とハイキングをかねての参拝も検討をしたが、バス停「蛇穴」からお寺まで徒歩で2時間もあり、今回は車利用であった。
この寺院の参拝日は、五合目くらいから地表には降雪があちらこちらの散見された。本堂前の積雪を住職に聞くと、これは4月の参拝日の二日前に20センチの積雪があり、その残雪であるという。また平成25年も3月10日から春の巡礼の受け入れを開始したというが、4月の参拝でも降雪や寒さを覚悟しなければならないという標高であり、車利用の参拝でも厳しい気候である。との住職の弁。(注意がいりますよ!!)
 さて、寺伝によれば役行者が開き、807年に弘法大師が「十一面観音菩薩」を刻んで本尊としたという。その後, 慈覚大師の来山により天台宗に改めたという。鎌倉時代には、源頼朝が寺領を寄進し室町時代は壮大な本堂をはじめ諸堂が甍を並べていたという。以後、再三の火災や明治初期の廃仏運動で衰微した。今の本堂が再建されたのは昭和48年になってからである。さらに毎年冬の閉山は十二月から二月となる。
春には、鳥のさえずりと風の音が心地よく感じられる山寺である。さらに八溝山の山頂まで足を延ばすと、天気の良い日は、太平洋や富士山も望むことができるようだ。当日は春霞がかかり、生憎、見通しが悪く眺望は残念であった。!!
画像 また日輪時のある大子町には、滝の水が四段に分かれて落下することで「四度の滝」とも呼ばれる「袋田の滝」がある。これは日本三大名瀑(華厳の滝・那智の滝・袋田の滝)の一つに数えられる。最近の観光客のアンケート調査では、滝の人気度で1位を獲得したともいう。今回袋田の滝を初めて訪れたが、四段の流れ、水の流量、水しぶき、マイナスイオンが豊富に感じられ、素晴らしい滝であった。
 大子町には、日輪寺に向かう途中で和牛の畜産業を営む光景が各所で見られた。また当日は山間部の山桜が満開状態であり、穏やかな春の光を浴びて、大変長閑な光景であった。またご当地の名産は、こんにゃく、そば等である。 
今回、大子町の飲食店で食した「手打ちの天ぷらそば」は、凄く美味しかった

※交通:電車はJR水郡線常陸大子駅から県北バスで蛇穴(じゃけつ)行に乗車して、約1時間の終点で下車。そこから」山道を徒歩で2時間位の上り坂である。
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坂東三十三観音 第20番「西明寺(益子観音)」に参拝。

2013/01/06 11:14
画像 2012年12月に、栃木県益子町の町外れ、高館山の中腹に位置する「独鈷山 西明寺(益子観音)」に参拝した。
このお寺へのアクセスは、真岡鉄道の益子駅から徒歩で40分を要するため、今回は益子駅に常備されているレンタサイクル(電動自動車)を利用すると、お寺までの経路は約20分とラクチンでお勧めである。
しかし、参道の最後の坂道は急坂であり、自転車の押し歩きはやむをえない。

 このお寺は、西暦737年、行基によって開かれ、ご本尊の十一面観音は、行基が刻みお堂に納めたという。その後、延暦年間(七八に年頃)にはこのお寺は、1山十二坊の規模を数え、隆盛を極めたらしい。
弘法大師が来山した際、大師の徳を妬んだ法相宗の僧たちが、大師を岩屋に閉じ込めた。しかし、大師が所持していた独鈷(密教の修法で用いる法具)で難を逃れたことから、お寺の号が独鈷山となっているようだ。

画像 境内の入口に入ると、右手に納経所がある。入口から山門までは、石段がありその横には、椎の太い古木が立ち並び昼間でも暗い鬱蒼とした中を、この石段を登りきると、茅葺き屋根の入母屋造りの重層の楼門(仁王門)が見えてくる。また楼門の横には、1538年に益子家宗が寄進した三重塔と観音堂内にある黒漆塗りの厨子窓は、国指定の重要文化財である。
 本堂の右斜め前には、閻魔堂がある。お堂の中には、大変珍しい「笑い閻魔様」が安置されており暗闇から浮かび上がってくる姿は面白い。

 益子はやきものの町、益子焼に触れないわけにはいかない。大正末期に益子焼を一躍有名にした陶芸家の濱田庄司が定住していた自宅と窯は、現在「益子参考館」として公開されている。こちらには、陶工たる濱田の作品と生前に収集した陶磁器、木工、家具などを展示している。
 有名な益子焼の陶器の工房や販売所などの現在約三百を越す窯元がある陶器の関東における一大産地でもある。軽井沢の近くにある碓氷峠にある「釜飯の峠の茶屋・荻の家」のお釜の陶器も益子焼である。
こちらもぜひ立ち寄りたいところである早起きが必要場所かもしれない。
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坂東三十三観音 第19番「大谷寺」に参拝!!

2012/12/02 18:00
画像 24年11月に、栃木県宇都宮市にある通称:「大谷観音」の名で知られ、坂東三十三観音19番札所にあたる「大谷寺」に参拝した。
公共交通は、JR宇都宮駅から関東バスで立石行きに乗車して約25分、バス停は大谷観音前で下車、徒歩2分ですぐに山門前に出られる。※宇都宮駅からの関東バスの本数が少ないので、往復とも時刻表の確認が必要である。乗り遅れなどに注意も必要です。

画像山門には、左右の仁王像が出迎えてくれる。また堂内の岩壁面に彫られた厚肉彫りの美しい磨崖仏は、国の重要文化財である。
お堂は、大谷石の岩に食い込んだ形で建立され、珍しい建築様式である。磨崖仏は、写真撮影が禁止であるが、岩壁に彫られた10体のうち、本尊の大きい「千手観音」象は、810年にこの地を訪れた弘法大師の作と伝えられている。大谷石の岩壁に彫られた立派な磨崖仏は一見の価値がある。
 また、お堂の山の上は、御止山(おとめやま)といい、大谷石の塊であり、国の名勝に指定されている。

画像 すぐ近くには、大谷石の採掘場があり、その跡地にある「平和観音」は、高さ27mの大谷石造りの巨大かつ綺麗なお顔の観音像が天空にそびえ立っている姿はその偉大さを感じる。素晴らしい 

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坂東三十三観音 第18番「中禅寺」に参拝

2012/11/05 23:44
画像 24年10月の初秋に、栃木県は奥日光にある「日光山・中禅寺」に参拝した。
中禅寺は、784年中禅寺湖の湖畔に日光を開山した勝道上人によって創建された天台宗の寺院である。ご本尊は、湖畔にあった桂の立木で勝道上人が彫刻したと伝わる千手観音であることから、別名「立木観音」と呼ばれる観音が鎮座する。 またこの寺院は、世界遺産の日光山輪王寺の別院ともなっており、境内も広く、中禅寺湖男体山の借景や静寂感も素晴らしい。
 近くには、徒歩で10分ほどで、イタリア大使館別荘記念公園があり、湖畔の絶景が眺めることができるので、ぜひ立ち寄りをお勧めしたい。立ち寄った日は、男体山の麓周辺らしく、当日は野猿の親子連れや野生のシカの群れと遭遇するなど、自然を感じることができる中禅寺である。
画像 またこの時期は、男体山の紅葉と中禅寺湖畔の借景は絶好である。さらに、中禅寺から少しのところに、戦場ヶ原、金屋ホテル、男体山の紅葉を華厳の滝、いろは坂などの景勝地もあり、絶好の観光スポットでもある。
 日光東照宮、輪王寺などと一緒に楽しめるお寺であった。

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坂東三十三観音 第17番「満願寺」に参拝

2012/10/13 08:45
  画像24年10月、栃木市出流町288番地にある真言宗智山派の「出流山(いづるさん)・満願寺」に参拝した。奈良時代の764年勝道上人(第18番中禅寺も創建。)が創建した寺院である。その後、820年に空海が満願寺を参詣し、十一面千手観音菩薩を納めたという由緒ある寺院である。

また勝道上人は、第18番札所の中禅寺の創建、日光輪王寺の創建、華厳の滝の命名など、日光方面のなじみの名所と関係性が深いという。
画像 道のりは、栃木市内からは、バスや車で約1時間と市内からは相当遠くにある。市街地を離れて山道に入ると、途中には、この辺りが白っぽい石灰岩の山を切り開いたセメント工場群が林立する場所を超えたその先の静かな山里にある。とにかく仁王門のある山門までにたどりつくのは、相当遠い感じがした。

 寺院の入り口には、立派な山門がそびえたっている。山門の左右に鎮座するる立派な金剛力士像が参拝客が出迎えてくれる。大きな仁王門を入り、沢に沿って広い境内を進むと薬師堂、本坊、宿坊、そして石段を登ったところに本堂(諸願成就の願いを聞いてくれる十一面千手観音)がある。
参拝当日は、祈願のための参拝客も多く、境内の各所に住職の読経がスピーカーから近くの山に響くところが素晴らしい。
静寂を感じる寺院である。
山門の周囲にある山里には、各所に地元の手打ちそばの屋号や看板が目立つ。この辺りはそばの産地でもあるので、お昼時には是非立ち寄ってもらいたい。


 
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坂東三十三観音 第16番「水澤寺」に参拝!!

2012/08/03 23:26
画像平成24年7月に群馬県渋川市伊香保町にある坂東三十三観音 第16番札所 天台宗・五徳山 水澤寺(通称:水澤観音)に参拝した。開基は、今から1300年ほど前に推古天皇や持統天皇による勅願といわれ、西暦690年頃と、「長谷寺縁起絵巻」に伝えられている
ご本尊は、鎌倉時代の作といわれる十一面観音立像である。当寺院は、坂東三十三観音の数多くのお寺の中では、境内も広く大寺院の風格さえ感じる立派な趣がある。

また朱色に塗られた御堂は、かつて徳川家の祈願寺でもあったということから御堂の正面軒下には、「三つ葉葵の赤い提灯」も掲げられ、今もその名残りがある。

 御堂の横には、大変珍しい回転する「六角二重塔」がある。 呼称は、地蔵堂又は六角堂とも呼ばれているものである。これは、六地蔵を木造の六角輪転の台座に安置し、上層の二層に「大日如来」を安置している独特のものである。
立札には、「開運六地蔵」と掲げられ、「静かに左に三回廻してあなたの真心の供養を望みます。」とある。試に、六角輪転の台座にある取っ手を持って3回ほど回してみた。ご利益がありますように。
 水澤観音は、群馬県内でも有名な寺院の一つでもあり、バスツアーの観光客やマイカーの参拝客が当日も多く訪れる名刹である。 
参拝前には、大きな鐘楼(鍾)をつくことが許されている。いい音が山中に響かせるので是非梵鐘を突くことをお勧めする。
画像 

 さらにお寺の門前周辺には、水澤うどん店が随所に立ち並ぶうどんの産地でもある。
水澤うどんは、秋田県の稲庭うどん、香川県の讃岐うどんと並ぶ日本三大うどんの産地でもある。水澤うどんの起源は今から400年ほど前に水澤寺付近で参拝客向けに提供されるて手打ちうどんとして発展。現在は殆どのお店が機械打ちのうどん製麺だそうである。うどんの感触は、腰のある麺であり、参拝時はぜひご賞味されたい。美味しいですよ。

また少し足を延ばせば、有名な伊香保温泉や竹久夢二記念館などもある。楽しい参拝ができる寺院であった。
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坂東三十三観音:高崎 第15番「長谷寺(ちょうこくじ)」に参拝

2012/07/08 07:58
画像 2012年7月7日(七夕の日)、群馬県高崎市白岩の高崎市が一望できる高台にある「坂東33か所札所 第15番「長谷寺」に詣でた。別名:白岩観音と呼ばれ「十一面観世音菩薩」が安置されているが秘仏で非公開である。

 当日は、梅雨が真っ盛りでもあり、生憎の曇天であったが楽しく参拝できた。
この寺院は、山門を入ると鐘楼があり、1回鐘を打つことも体験できる。是非、参拝前に鐘を打つこともおすすめする。

画像 この寺の創建時代の歴史については不詳であるが、勅願により得道上人によって創建されたとも言われる。また、行基が十一面観音を刻んだとも伝えられているが詳細は不明。
戦国時代の1566年には、武田信玄が高崎市の箕輪城を攻めた時に類焼したが、1580年に再興され、現在に至るという。


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坂東三十三観音 座間 「第8番星谷寺(しょうこくじ)」を参拝   

2012/06/11 06:35
画像 平成24年六月の梅雨入りの日に、2か月ぶりの坂東33観音の参拝である。今回は、神奈川県座間市にある真言宗大覚寺派の第8番札所[星谷寺」に参拝した。
このお寺は、小田急線座間駅を北に600メートルのところにある。境内に入ると、仁王像や弘法大師の立像が置かれ、ご利益の力強さを感じる。
境内は比較的広いが、観音堂(聖観世音菩薩は秘仏で非公開)や納経所などは現代的な建築物に建て替えられ新しいお寺のイメージがする。
中でも、納経料をおさめるのが、自動販売機を使うシステムは初体験であった、やりすぎの感が否めない。

 この寺は、1036年に再建したとの寺伝があり、平安時代をさかのぼる創建と思われるが、記録は不明らしい。
画像また古くからの言い伝えで、「星の谷の七不思議」がある。@銅鐘、A星の井(信仰が深ければ水面に星が見えると聞くが、生憎昼間にはどうか?)、B楠の化石(納経所に置いてあるが、振ると水の音がするようだ)、C咲き分け散りの椿(老木であるが、純白、淡紅、濃紅など5通りに咲くらしい)、D観音草(境内の庭に咲く中風の薬草)、E根不断開花の桜(季節外れに咲く桜、F下りの紅葉の老木(外陣の右側にある紅葉の老木)の案内板がある。


画像当日のランチは、相模湾の新鮮な「しらすどんぶりと天ぷらセット」を食したがこれは上手い!!
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坂東三十三観音: 横浜 第14番「弘明寺」に詣でる。

2012/04/11 01:54
 画像今回,紹介する高野山真言宗の「弘明寺」は、横浜市では一番歴史のあるお寺とも言われている。この寺院は、奈良時代に聖武天皇が僧の行基に勅命を出して、天下泰平、悪病流行の払拭等を祈念して、十一面観音菩薩を「弘明寺」に納めたことが始まりとされている。
弘明寺の門前には、仁王門が立ち、運慶作と伝えられる仁王像が睨みをきかせている。石段を上りつめると観音堂があり、木造の十一面観音像が有名である。

 このたびの参拝は、偶然にも平成24年4月8日(日)は「釈迦」の誕生日であった。当日は、横浜市南区弘明寺及び大岡川周辺の気候も大変良く、1901年に植樹された100年経過した桜がなんと見事に満開で春爛漫というグッドタイミングに参拝した。
 またこの日は、幸運にもお釈迦様の誕生日でもあり、境内には「釈迦像」に甘茶かけの準備が施されており、「花祭り」の多くの参拝客で賑わいごった返していた。
また、境内から門前を一歩外に出ると、横浜で一番元気な下町商店街とも呼ばれている「ぐみょうじ商店街」がある。
横浜の下町風情が漂う、賑わいのある商店街である。

昨年の秋以降、しばらく坂東33観音の参拝巡りは中断していたが、半年ぶりの再開である。
神奈川県内の寺院は、残すところ第8番「星谷寺」(座間市)の1か寺となった(笑い)


※弘明寺への交通
電車:京浜急行弘明寺駅からすぐ。また横浜市営地下鉄弘明寺駅から徒歩5分。


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坂東三十三観音 鎌倉 第4番「長谷寺」

2011/08/21 09:48
画像 このお寺は、奈良時代の736年に聖武天皇の勅願所として開かれ、古くから長谷観音の名で親しまれている。
正式には、「海光山 慈照院長谷寺」という。 
本尊は、十一面観世音菩薩であるが、これが立派な高さが9.18mもある。 
また境内はとても広く、山門を入って石段を少し上がると本堂(観音堂)があるが、その前に見晴台があり、ここからの眺望は素晴らしい。その眺望は、由比が浜、から遠くは三浦半島や相模湾までが一望できる。
鎌倉八景の「長谷の晩鐘」とうたわれている。

画像長谷寺は、鎌倉地域では境内に多彩な草花が植え込まれている。特に六月上旬から中旬におけるアジサイに関しては2500本の植え込みが本堂の裏山斜面にかけて多彩な品種が配置されており、「成就院」などと並ぶアジサイの名所ともなっているので、ぜひとも鑑賞をおすすめしたい。
毎年6月中旬頃のアジサイの花が真っ盛りの時期は最高です。しかし、来場者の入場制限もあるので、時間の余裕をもって参拝が必要です。

http://www.hasedera.jp/index2.html




また、長谷寺山門を一歩出てから坂を上って行くと近くには「鎌倉の大仏」の高徳院があるので、こちらにもぜひ立ち寄ってみたい。
画像

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坂東三十三観音:逗子 2番岩殿寺、鎌倉 3番安養院を詣でる。

2011/08/20 16:57
画像 3.11に起きた東日本大震災復興支援のため、暫く坂東巡りを休憩していたが、また8月から坂東33観音めぐりを再開した。(笑い)今回は、神奈川県の鎌倉周辺の2か寺である。
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最初に、東33番札所 第2番岩殿寺を紹介する。
逗子市の岩殿寺は、JR逗子駅前から西へ徒歩で10分程度で比較的近い。駅横の踏切を渡り、住宅地に入るとその奥にある。この寺の由来は、聖武天皇の勅願により、西国33ヵ所巡りにゆかりがあり奈良の長谷寺を開山した徳道上人がこの地に下向した時に始まるという。このためこのお寺は、徳道上人と行基上人が開基と言われている。本堂には、坂東第2番札所として十一面観音を安置して霊場としたらしい。
画像

第3番安養院を紹介する。
JR鎌倉駅から東方面に徒歩で15分位の所に位置するのが浄土宗の「安養院(鎌倉市大町3−1−2)」である。
このお寺は、鎌倉時代に尼将軍と称された「北条政子」が夫である源頼朝を弔うため1225年に佐々目が谷に建立した長楽寺が前身とされる。
もともと安養院の名は、北条政子の法名といわれており、頼朝を弔うための縁があるという。
その後、鎌倉時代の末期に現在地に移され、安養院となった。
また、1680年に寺が全焼したため、頼朝の家来であった田代氏が田代寺から観音を移し、寺の名前も現在の「祇園山 安養院 田代寺」となったという。
本尊は、阿弥陀如来、その背後に千手観音が安置されている。
画像

東京国立博物館で「空海と密教美術展(2011年7月20日ー9月25日)」を鑑賞した。
仏像、曼荼羅、空海の書など仏教美術の国宝と重要文化財が98%とは凄かった。
これは必見の展覧会であった。

http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1393
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坂東三十三観音:東松山 第11番札所「安楽寺」に参拝する

2011/01/08 11:54
画像 ここは、埼玉県東松山市にある「岩殿山 安楽寺」(※別名、古くから岩殿観音の名前で親しまれている。)である。吉見縁起によれば、ご本尊は聖武天皇の勅命を受けた行基が今から約1200年前に聖観世音菩薩の像を彫って岩窟に納めたのが始まりという。
 坂上田村麻呂あ奥州征伐の時にこの地方に立ち寄り一時総鎮守となった。
その後、平安時代の末期に源平の合戦で名高い源頼朝の弟「範頼」が幼少期に身を隠していたと伝えられ、吉見荘を領地としていた頃に、本堂と三重塔を建立したが、北条氏との戦いで全て焼失した。安楽寺の約500mには、「伝範頼館跡」と呼ばれる身障院がある。この身障院と安楽寺はかつては一つの大寺院を形成していたという。現在の本堂と三重塔は今から約320年前に再建されたものであるが大変立派な建築物である。
画像 本堂の欄間には、左甚五郎の作と伝わる「野荒しの虎」の彫刻がある。
参道の茶店で売られている「厄除けだんご」も参拝客の見え物となっていて美味しい。

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坂東三十三観音:第10番札所「正法寺」に参拝

2010/12/23 17:58
画像 埼玉県東松山市の大東文化大学キャンパスの近くにある真言宗智山派(京都:智積院)の寺院で、別名「岩殿観音」とも呼ばれている。
 この観音堂は、717年に僧「逸海」に創立され、また791年には坂上田村麻呂が桓武天皇の勅命によって、奥州征伐に向かう途中、観音堂に通夜し、悪龍を退治した伝説がある。
本堂の観音堂には、千手観音が祀られており、源頼朝の妻政子の守り本尊として信仰が厚かったと言われている。鎌倉時代に坂東10番札所となった。
また、仁王門にある1対の仁王は運慶の作とも言われている。仁王門から本堂までは約100段の階段を上って行く。境内には、本堂の欄間の彫物もなかなかの趣がある。また本堂横にある樹齢700年以上とも言われる大イチョウの大木が何とも立派である。素晴らしい!!
画像本堂横の絵馬堂には、マユ玉による奉納額もありこれは珍しい。 
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坂東三十三観音:第9番札所「慈光寺」を訪ねる

2010/12/19 20:01
画像埼玉県ときがわ町にある坂東33観音第九番札所「都幾山 慈光寺」を訪ねた。このお寺は白鳳時代の673年に僧の慈訓が千手観音を刻んで安置したのが始まりと言われ、1300年の歴史を有する。
また古くは、源頼朝の戦勝祈願のお寺とも言われている。

秘仏である千手観音は、40本の手に25倍の力を秘めていると言われ(※40本×25倍=1000本)ている。また28人衆の武将を連れており(毘沙門天、不動尊などがこれに含まれる。)
こちらのご本尊の千手観音は、毎年4月17日、お正月の3日の午前のみご開帳される決まりとなっている。
画像また、お寺参りの基本的な祈願の仕方は、病気平癒や家内安全などの祈願をすることが多いところであるが、一般的には「また元気にお参りできますように!!」と祈願するのが良いといわれています。

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坂東三十三観音:第13番札所 金龍山「浅草寺」を参拝!!

2010/09/30 22:09
画像 浅草寺は東京都内最古の寺院であって、坂東33ヶ所札所で唯一都内にある、第13番金龍山 「浅草寺」を参拝した。浅草寺は、浅草観音の名のもと、雷門(風神と雷神がおさめられている。)をくぐり、表参道の仲見世の門前商店街の賑わいで知らぬ人はいない関東随一の名刹である。アジア・欧米からの観光客や参拝客でにぎやかである。この浅草にある「浅草寺」は、年間3000万人の参詣客が訪れる観光のメッカともなっている。

 寺伝では、推古天皇の西暦628年、漁師が隅田川で漁をしていたところ、網に金色の観音像がかかり、この地に安置し、江戸湾の漁師の守り仏としたのが寺の始まりという。
その後、645年に勝海上人が現在地に観音堂(駒形橋のたもとで「浅草むぎとろ」のお隣り)を建立したもので、約1400年近く前から存在する歴史がある。ご本尊は「聖観世音菩薩(秘仏である。)」

みどころは、まず本堂前にある「宝蔵門」には、600キロの大提灯、1トンもある吊灯篭、大わらじがある。また東側にある「二天門」は、現在最古の建物で国の重要文化財である。八脚門で、左右には増長天、持国天像が安置されている。また宝蔵門手前の伝法院の回遊式庭園は、小堀遠州作と伝えられるが、現在は非公開であり残念。

画像 さて、本堂(観音堂)は昭和33年に再建され、荘厳な急こう配の大屋根大伽藍の大きさといい威容さえ感じる。お堂は、内陣、外陣に分かれ、内陣の中央には「聖観世音菩薩を安置する御宮殿がある。脇侍は右に不動明王、左に愛染明王を配置している。
外陣の天井には、日本画壇の巨匠である堂本印象筆の「天人之図」と川端龍子筆の「龍之図」がある。

とりわけ七月十日は、十日は四万六千日の功徳日といわれ、四万六千日を参詣したのと同じご利益があるとされる。このほか、夏を告げる五月中旬の「三社祭」、七月の「ほおずき市」、七月の最終土曜日の「隅田川花火大会」、十一月の「酉の市」、師走は「羽子板市」などと絶えず人気のイベントもある。

画像後世になって、この浅草寺縁起に出てくる郷司土師中知、檜前浜成・竹成兄弟の三人を浅草の氏神様にして三社権現(浅草神社)ができたという。その後、江戸三大祭りと言われるにぎやかな「三社祭り」が行われるようになった。5月の中旬には、毎年三基のお神輿が浅草界隈を練り歩くことで賑わう。※3日間のお神輿は、町会指定の担ぎ手(指定袢纏)しか担げない事となっている。

画像 浅草周辺は、聖と俗が入り混じった魅惑的な街並みであり、浅草六区の娯楽、江戸時代創業の鰻屋、天ぷら屋、どじょう料理の浅草の名物である。甘味、そば、すきやき、お好み焼きなどの老舗もある。
参詣のついでに私見であるが仲見世のお勧めの食べ歩きの立ち寄り店舗をいくつかご紹介しておく。
何たって浅草は、食べ物がうまくて安いと思う。
雷門の横の「雷門おこし・常盤堂」、雷門をくぐり仲見世通りにある「浅草きびだんご・あずま」→「いも羊羹・舟和本店」→「手焼き煎餅・壱番屋」→「人形焼・木村屋本舗」→「あげまんじゅう・浅草九重」→宝蔵門右横にある「メロンパン・花月堂(近年行列ができるお店)」などが食べ歩きなどに丁度いい。


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近江八幡市の「中華・吟華」の窓に浮き出た弘法大師と岩盤浴「玉の癒」!!

2010/08/15 13:41
画像2010年8月に休暇を利用して、本格的な「岩盤浴」に行ってきました。
場所は、滋賀県近江八幡市堀上町にある岩盤浴 「玉の癒(0748-32-0188)」である。
入浴料は90分2000円、120分2500円である。※会員になれば500円割引となる。
ここの特徴といえば、わが国で岩盤浴発祥の地と言われる・秋田県「玉川温泉」と同じパワーを持つラジウム岩盤浴が堪能でき、肩こり、腰痛、生理痛、冷え性はもちろん重度のコリ性に効果があるという。

当方も早速初めて体験してみる。岩盤浴の入浴方法は、まず入浴前後にしっかり水分補給。続いて岩盤床のベットにまずうつ伏せ5分、→続いて仰向け10分→そして休憩5分(ラドン水の給水)、これが1セットである。通常これを3回繰り返して終了

当方は、現在五十肩で左肩に痛みがあり、また左足や坐骨神経に痛みを抱えていたが、岩盤に寝そべってみると、まず体が温まってくると猛烈な汗が体から吹き出て出てくる。しかし、当店の作務衣の上下に着替えているので安心。3セットもやると、この作務衣は汗でびっしょりとなる。
これを繰り返していると、汗がびっしょりの発汗で皮脂腺から体に溜った老廃物を排出して肌が綺麗になった感じで肌がスベウベしている

初回の感想であるが、汗をしっかりかいたので、肌はスベスベしていること。更に、肩から腕にかけてピリピリする感じを初めて味わった経験もしたが不思議でしようがない。

入浴後も体がポカポカして体の内側から温められているような感覚で暫くは汗もよくかきます。(これは実感です。)

特に、肌や細胞を活性化させ、血液の循環を良くする。また汗腺から老廃物や有害物質の排出を促すので、特に女性は、是非お試しあれといいたい施設である。

わが国において有名なラジウム入浴施設と言えば、山梨県の増富 温泉、鳥取県の三朝温泉、新潟県の村杉温泉、岐阜県の恵那温泉などがある。
ラジウム鉱石には、@遠赤外線、Aマイナスイオン、B定量の放射線を放出を放出するラドン222であるらしく、ラドン温泉は、トロン220らしい。
とにかく、ここは気楽に楽しめて、気持あ良かった

また当店の1階では、「中華料理店・吟華」も経営しており、フカヒレラーメンを食べたが、これも非常に美味だった。今後もお世話になりたい「岩盤浴」と「中華・吟華」のお店であった。

次に、2015年5月のブログに掲載された中華・吟華の不思議な話です。「ガラスに浮き出た弘法大師」です。
下記のアドレスをご覧ください。
http://kyonara.xyz/archives/29701772.html

写真は、二つのお店を経営するご夫婦をご紹介します。
画像



 
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坂東三十三観音:第26番札所「清瀧寺」に参拝

2010/07/07 22:29
 画像茨城県筑波山麓の南側に位置し、土浦ICから20分位。茨城県土浦市小野地区に、真言宗豊山派の奈良・長谷寺を本山とする「南明山 清瀧寺」がある。
 
この寺院の開山は、推古天皇の時代の607年と歴史は古く、とくに山門は歴史があるようだ。本殿およびご本尊は、昭和44年(1969年)の不心得者による付け火により焼失しており、本殿は地元の有志により再建はされたが、残念な結果である。ご本尊や狛犬などの焼けた残骸が境内の隅に祀られているのはとくに悲しい。このような事情もあり、現在は住職が常駐していないお寺となっており、地域のボランティアの方々が、ご朱印、納経帳などの書き込み業務を行っているところである。御苦労さまである

現在のご本尊は、聖観音立像であるが、第23番札所「笠間寺」の住職の寄贈によるものと言われている。
画像
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坂東三十三観音:筑波 第25番 大御堂に参拝。

2010/07/03 20:24
 画像ここは茨城県筑波山の中腹に位置する真言宗豊山派、第25番札所「大御堂」である。お寺の隣にはがまの油売りで有名な「筑波山神社」がある。
この寺院は、明治政府の太政官令「廃仏毀釈」による神仏分離までは大御堂と筑波山神社は一緒の存在であったという。現在はこれにより同一境内にもにもかかわらず分離状態である。
 さて、「大御堂」は西暦810年ころ(延暦年間)に弘法大師が筑波山に登り、千手観音を刻みこれが現在の大御堂の本尊と言われている。
また境内には、新たに「大師堂」が建立されており、境内の見栄えがしている。
大御堂や筑波山神社周辺は、筑波山温泉街となっておりホテル、旅館なども集積している。また神社の横からは山頂までケーブルカーが運行されており所要時間はたった8分で山頂の御幸ケ原駅まで行くことができる。
画像 筑波山神社は、これはまた歴史や由緒がある。
ご祭神は、「いざなぎの神」と「いざなみの神」の二神とし、この二神が結婚をして様々な神を産み、国産みをされたと古事記や日本書紀に記されているという。徳川家康は、江戸城に入城以降、江戸城の鬼門を鎮める神山(霊山)と崇め、神領として1500石を寄進し、これは伊勢神宮、日光東照宮と同様に、国役金を免除するなどの優遇措置を与えたという。
 現在の筑波山神社では、二神にあやかり縁結び、夫婦和合、子育てなどのご利益があるとされている。

 最後に、筑波山神社の境内で見た光景であるが、地域のボランティアの人たちが「がまの油売り」の大道芸人による商法の実演を見ることができた。この口上やセリフはなかなか面白い。時間があれば是非聞いてもらいたいものである。また販売している、「がまの油」は、主たる成分がワセリンなどであり、肌荒れ防止や切り傷などに効能があるらしい。門前の商店でも「がまの油」を販売する傍ら、店先に筑波山山中に生息する自然の「がま=かえる」を捕まえ展示しているところもあった。これは珍しい。
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坂東三十三観音:筑波 第24番楽法寺に参拝

2010/07/01 07:16
画像茨城県の筑波山の北に位置する岩瀬地区にある第24番札所「楽法寺」に参拝した。山門をくぐると大きな楠の老木があるがこれは指定文化財になっている。またこの寺院は、安産、子育ての参拝で有名であり、境内も広く土日などは参拝客も結構多い。
6月の境内は、アジサイも咲き誇り、また境内にはクジャク、さらに池にはアヒルも放し飼いという開放的なイメージのお寺である。
観音堂の本堂の参拝には、本堂に向かって左側の入り口にて靴を脱いで本堂に入るとよい。ただし、本堂では、僧がひっきりなしにお経をあげているので、そのタイミングをはかるのが難しい。また社務所では安産や子育てのお守りやお札を求める参拝客も多い。
 さらに境内には、参拝客向けに休憩所も設けられており休息場所も十分。いいお寺である。
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坂東三十三観音:笠間 第23番観世観音(笠間)に詣でる!!

2010/06/28 22:12
画像 茨城県笠間市は笠間稲荷神社で有名な町で、この神社の外苑近くに坂東第23番札所の観世観音がある。マイカーの場合は、この外苑前駐車場を利用すると便利である。ここには、市内の観光案内所やきれいなトイレも完備している。境内も狭く、また手水場所もない小さなお寺である。
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坂東三十三観音:千葉 第31番笠森観音に詣でる!!

2010/06/20 18:36
画像第31番 笠森観音
 今日は、千葉県長生郡長南町にある笠森観音に詣でた。
ここは、天台宗別格大本山「笠森寺」という古来より巡礼の霊場となっている。
784年伝教大師・最澄上人が楠の霊木で「十一面観世音菩薩を刻み、山上に安置したとされている。
本堂の建築様式は、日本唯一の「四方懸造(しほうかけづくり)」」として、国指定の重要文化財に指定されている。
周辺の山々は、国指定の天然記念物笠森寺自然林として保護されている。

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坂東三十三観音:木更津 第30番「高蔵寺」を参拝。

2010/03/27 19:17
 画像平成22年3月に千葉県木更津市にある「高蔵寺」を参拝した。このお寺は実に面白いまずここで驚くことは、観音様が本堂に納まらないくらい身長の高さがあるので、お堂の床ではなく、地下に安置してあることである。これはアシカに珍しい大型の観音様である。今まで四国八十八か所、西国三十三か所めぐりのお寺などを沢山を参拝してきたが、初めての経験である。
とりあえず、いつものように般若心経等を唱えて、無事参拝が終了。本堂の横は、お寺の地下が一言でいえば、「仏像博物館」これの入り口となっている。これには興味津津!!
画像凄いものがありますよ!!おばさん連中の「キャーキャー」という賑やかの声が堂内に響いている。仏像のうんちくを順番に見て回ると、一番奥まった所に「これだ」。緞帳をめくって、おばさんが一言「ひさしぶりに男性の一物に触ったー」と言ってケラケラ笑っている。なるほどホント。写真を見れば一目瞭然。大変ユーモアのある楽しいお寺でした。
 
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坂東三十三観音:千葉 第29番「千葉寺」を参拝する。

2010/02/21 21:10
  今回で第2回目となる坂東33観音参りは、2月28日であったが朝から久しぶりの雨天で気温が低く寒い参拝であった。千葉県の坂東33観音の第29番千葉寺(千葉市)を訪ねた。
 第29番 千葉寺(呼称:せんようじ)
 画像この日は生憎の雨天であるが、ここは「千葉寺」。最寄駅は京成電鉄千原線千葉寺駅だ。聖武天皇が「千葉寺」と命名し、行基が十一面観音を安置したことに始まるという千葉県の名前と同じ寺院名の珍しいところに参拝に来た。山門を入ると、境内には大きなイチョウの大木がそそり立つ!!なんて立派なイチョウだろうか。県指定の天然記念物となっている。今回は冬であったが、新緑の季節に訪れていれば凄い緑の葉をつけていると思われた。確かにね
 



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笹島シェフ・イル・ギオットーネ京都店を訪ねる!

2009/11/02 00:09
画像 京都・八坂上町にある「八坂の塔(五重塔)」の横に町屋風の外観のお店がある。オーナーシェフ「笹島保弘」が営む本格的イタリアンの「イル・ギオットーネ」京都店である。今、京都で最も予約が取りにくい超人気店レストランという。このお店は昼も夜もなかなか予約が取れない有名店であると聞いたが、今回何とか予約が取れたので早速訪ねてみた。お店は、四季折々の京都産の野菜などの素材を使い美味しいイタリアンを提供するという。訪ねてみると店内は、外観からは想像もつかないくらい明るく、モダンな店内となっている。やはり予想どおり満員である。当日の昼メニューは、ランチA(\3625)とランチB(\5250)がある。
 出てきたランチは、噂のとおり美味しいイタリアン料理である。これには舌鼓を打ってしまった。満足!満足!今回注文したランチだけでもお腹がいっぱいになり、至福のひと時を味わえました。
画像 京都のイタリアンのお店としては、是非お薦めの名店と思う。
オーナーシェフの笹島保弘氏は大阪出身。大阪・箕面市「ラトゥール」、京都「ラヴィータ宝が池」、京都・東山区「イル・パッパラルド」を経て2002年独立。フジテレビの「料理の鉄人」に出演。イタリア・ミラノで開催された料理サミットに日本人として初参加。現在は、東京・丸の内等にも出店という。

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信州・上高地を訪ねる!!

2009/10/28 21:55
画像 2009年10月上旬に信州・上高地を訪ねる。もう何年ぶりの上高地だろうか?
朝早く東京を出発し、お昼には上高地の大正池でお弁当が食べられる旅である。 松本から梓川を遡り、上高地に向かうと、焼山の噴煙が見えるとそこは大正池であった。この時期、水面には渡り鳥の鴨が遊んでいる。空気はやや冷たいがきもちのいい晴天である。山々は色付き赤や黄色、黄緑の紅葉は素晴らしかった。
穂高が河童橋からもよく見える抜群の景色である。「つくづく来て良かった。」と思う満足感に浸ることができた。感動と至福のひと時であった。
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坂東三十三観音めぐりを開始!!鎌倉 第1番札所 「杉本寺」に参拝

2009/10/12 19:50
画像平成21年10月から坂東33観音めぐりを開始。霊場めぐりのスタートは、鎌倉市の第一番札所「杉本寺(杉本観音)」からである。この寺は、平安時代の西暦794年創建の鎌倉では最古のお寺である。山門には運慶作の仁王像(あ・うん)がある。これを越えると苔むした石段の参道が見えるてくるが、これは地元の鎌倉石(砂岩)でできており、性質が弱いために石段の踏みずらが相当すり減っており、現在は文化財扱いになって通行は禁止されている。
ここを通過して別の石段を上ると茅葺の本堂が見える。三体ある「十一面観音像」が三体安置されている。
 
 坂東33観音札所は、平安時代に創設された歴史のある「西国33ヵ所巡り」に習って、鎌倉時代に源頼朝が熱心な観音信者であったことや源平の合戦で西上した東国の武士たちが西国の札所を巡ることを関東においても設けたことが発祥と言われている。
当時の関東八か国(相模、武蔵、上野、下野、常陸、上総、下総、安房)に配置され、現在の神奈川県杉本寺を第1番札所として33か寺が建立されたという。
坂東33観音菩薩は、安置されている菩薩の多い順番に、まず十一面観音菩薩が14か寺、千手観音菩薩が10か寺、聖観世音菩薩が6か寺、十一面千寿観世音菩薩が1か寺、十一面千手千眼観世音菩薩が1か寺、延命観世音菩薩が1か寺の合計33か寺となっている。

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信州善光寺の御開帳と北向観音を参拝。

2009/07/28 22:07
画像 善光寺に行ったゾー。2009年5月19日の新緑、7年に一回しか実施されない信州・善光寺の観音様の御開帳と上田市の北向観音へ参拝に行ってきました。
 当日のお天気は絶好。今回のご開帳も5月末で終了間近とあって、御柱前の参拝行列は意外と短く、短時間でスムーズな参拝を済ませることができた!!本堂前に高く立っているのが、「これが御柱である。」私も触って撫でて、今後のご利益を期待したいものである。
 また善光寺境内の横には、7年ごとの御柱が10本も供えられている。70年前の御柱はどんどん短くなって地中に埋没しそうな感じで僅かに立っている。これらもなかなかの光景である。
 この善光寺は、老若男女を問わず多数の人達が詰め掛ける不思議なお寺である。
 これは聞いた話であるが、善光寺と北向観音とは方角的に向き合っているらしい。善光寺参りだけでは片参りとも言われ、北向観音も併せてお参りすることも大切である。という説もある
 

 次に、上田市の「北向観音」は、お寺の作りが何とな「く善光寺」に似たやや小ぶりの外観には驚いた。上記、写真の比べてみてください。境内の手洗いの水は、硫黄の匂いがする温泉水が出ている。これにはまた驚いた。また境内近くには足湯もあり、なかなかの場所といえよう。
 画像北向観音周辺のお土産品は、参道にある有名なお豆腐店が美味しい。こんなお寺であった。
近くには、有名な「別所温泉」、六文銭で有名な真田氏の上田城、安楽寺八角三重塔などもあり、上田市は「信州の鎌倉」という別名もあるところ。最近は静かな観光ブームも起きているという。

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西国11番札所、上醍醐・准邸堂が火災で焼失!!

2008/09/15 13:01
残念なニュースが飛び込んできた!!平成20年8月24日午前0時30分頃、深夜の落雷が原因と思われる火災により、西国三十三ヶ所の第十一番札所「上醍醐・准邸堂」の本堂(准邸観音のご本尊)をはじめとする関連施設などが火災に遭い全焼。このお寺の参拝は難所として知られており、約1時間を要する参拝登山は厳しい。参拝するとご利益を感じるお寺の一つである。当方もかつて2度も参拝経験があるお寺であり、今回のニュースは非常に残念。世界遺産にも登録されている「醍醐寺」。あの豊臣秀吉が醍醐の花見を行った場所から30分程度山を登ったところにあるお堂の消失である。
一刻も早いお堂の再建を願うもの。 
http://saikoku33.gr.jp/11/index.htm

四国八十八ヶ所よりも歴史が古く、巡礼しやすい西国三十三ヶ所巡礼のホームページをご紹介。
http://saikoku33.gr.jp/
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長野・善光寺へお礼参り

2008/05/05 17:05
画像 善光寺に参拝                   西国33ヶ所巡りもいよいよ終盤だ。「遠くとも一度は詣れ善光寺」ともいわれ、西国・坂東・秩父の各観音霊場の番外札所となっている「善光寺」に行く。5月4日(日)、五月晴れのいい季節に長野市にある「牛に引かれて善光寺まいり」と名高い善光寺に参拝である。長野駅前からまっすぐ参道を歩いて約15分かかる。ゴールデンウイークのこの時期、参道では市の「花」のイベントも開催されており、参道は賑やかというよりは、大混雑であった。
 善光寺の創設は、西暦642年と歴史は古く、奈良時代の前からというから驚きである。また無宗派のお寺であるため、参拝者もかなり多いことまた驚く。
このお寺のおすすめは、東日本最大の木造建築物である「国宝・善光寺本堂と地下の戒壇めぐり(極楽の錠前)」、次に、三門手前にある「善光寺本坊大勧進(経理面を担当する管主の住まい。天台宗)」、本堂を管理する「善光寺大本願(皇室とゆかりの深い歴代尼僧住職としての寺院。浄土宗)」などである。          
画像                                                          
 大勧進の宝物殿には、皇室関係、徳川家康や綱吉などの展示品のほか弘法大師直筆の般若心経などのゆかりの品も展示されている。これは一見の価値ありか。
 さらには、境内の東側にある城山公園には、「東山魁夷の美術館」があり、絵画展示も充実している。 折角、信州・長野市まで参拝に来たので、信州そばを食して帰ろうと思う。新幹線のおかげで日帰りが可能となった「善光寺」まいりであった。
 次は、信州・飯田市の「元善光寺」参拝である。善光寺の参拝だけだと「片参り」と言われているので、ここも参拝予定である。
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満願、西国三十三ヶ所の先達を申請。

2008/04/06 22:38
画像 第33番札所の谷汲山・華厳寺の参拝も終了。桜の満開も間近い、4月6日(日)大阪・総持寺に「先達」の届けを申請する。四国八十八ヶ所(弘法大師が修行をして回ったところ。)もお遍路を済ませた。これに加えこの旅は、第1番の札所「青岸渡寺」からスタートした西国三十三ヶ所巡礼の旅も無事に完了した。先達申請はこの記念でもある。僅か2年間で四国も西国も無事にクリアーできたことは大変有意義であった。特に今回の西国は完全なる一人旅であった。次は諸願成就の結果を待つのみである。
 ※最後に先達の申請方法を記載しておく。
西国三十三ヶ所札所会における初めての先達申請は、先達会事務局あてに申請料1万円が必要となります。
申請後に事務局から送られてくるものは、@先達任命の通知文、A名札、B特製の輪袈裟、C巻物の納経帳、D特製の頭陀袋(黒色)である。
詳細は西国三十三カ所札所会・先達会のHP:下記のアドレスを参考にしてください。

http://www.saikoku33.gr.jp/sendatsukai/
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西国三十三観音 第32番観音正寺、第33番華厳寺を参拝

2008/03/16 23:14
第32番 観音正寺
画像 このお寺は、西国巡りの中でも難所の一つに数えられるに相応しい標高433mの観音山の山頂に建つお寺であった。参拝するにあたっての最寄り駅はJR能登川駅又は安土駅である。今回は、能登川駅を利用し、駅前から近江鉄道の八日市駅行きのバスが出ており、観音正寺口(約13分)で下車する。この辺りは東近江市の五個荘町にあたり、近江商人ゆかりの地でもあり、商人住宅も見物できるようである。
 今回はこれを諦め、ここから徒歩で観音正寺を目指す。バス停から西方の結神社に向かって歩くと突き当たりに案内看板がある。これを左折し、紅葉公園から観音正寺の山に向かって不規則な石段が延々と続く険しさである。この麓から頂上まで約70分の参拝登山が始まる。山道の石段を登るが、途中は数回息を入れる必要がある。しかし、下界の蒲生平野を眺めながらの登山は少し癒される。8合目まで登ると有料登山道を利用して登ってくる自動車の駐車場に着く。ここからは全ての参拝者とも徒歩であるが、ここまでくればもう一歩と近い!!境内の参道両側には、ことわざが33首が立て札で並べられており、読みながら歩くのも意義深いものがある。境内の本堂は火災で焼失し、その後平成16年に再建された真新しい本堂である。ここの参拝を終えて、さらに観音寺城址の本丸跡を訪ねるがここが山頂である。帰り道復路は、ここから桑實寺まで一気に山を下る。さらに県立安土城考古学博物館や信長の館(再現)、安土城址などを散策しながら歩いたが結構これがハイキング気分に浸れる感じがした。JR安土駅にたどり着いたのは午後5時であり、日が西に傾きつつあった。昼前の11時頃に能登川駅を出発したが午後5時までののんびりしたハイキングになった。


第33番 谷汲山華厳寺
画像 このお寺は、西国巡りの満願の寺である。最寄り駅はJR大垣駅である。ここ大垣は、松尾芭蕉の「奥の細道むすびの地」である。この駅から三セク鉄道の樽見鉄道のレールバスを利用して谷汲口までの乗車(片道¥650、約40分)であるが、如何せん便数が僅かで大変不便である。またここから揖斐川コミュニティバスに乗り換え、谷汲山門前まで乗車(¥100、約8分)する。ここから本堂までは、参道を真っ直ぐの一本道である。比較的なだらかな参道をゆっくり登っていくと、谷汲山の山門にたどり着くと、そこに{西国第三十三番満願霊場}の石碑が建つ。いよいよ最後の参拝になるが、今までの難所の苦労もこれで報われると思うと感無量である。谷汲山は結構参拝客が多く、 賑わいのあるお寺である。
 本堂にある観音像の下には、真っ暗の中を歩く「戒壇巡り」が設けられており、暗闇の探検は実に有意義であった。これで西国巡りの旅も一応終結である。後日、西国巡りのお礼参りで長野市の「善光寺」へお礼まいりに行くこととしたい。
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西国三十三観音 第30番宝厳寺(竹生島)、第31番長命寺を参拝

2008/03/02 23:20
第30番宝厳寺
 西国33ヶ所参拝で唯一船に乗って参拝するお寺である。このお寺は、滋賀県琵琶湖に浮かぶ周囲約2kmの断崖絶壁の竹生島にある「宝厳寺」である。この島への行き方は、冬季は長浜港と彦根港からの参拝となり、出船数が限られる。今回の参拝は平成20年3月初旬のため、「長浜港」10時15分発の琵琶湖汽船を利用した。(往復船賃は¥2980)
船で竹生島に渡ると船着場から土産物店並ぶ一角を過ぎると、急峻な167段の石段にぶつかる。訳は無いと一気に登ろうとするが登ってみると確かに息が切れる。そして着いたところが宝厳寺境内であった。正面にはご本尊の大弁財天を安置した本堂がある。ここの弁財天は神奈川県江ノ島、広島県厳島と並ぶ日本三弁財天の一つである。またこの他境内には、秀吉の御座船で造った国宝の舟廊下(国宝)、桃山建築の観音堂唐門(国宝)などもあってまさに文化財の宝庫である。
境内から眺める琵琶湖の眺望は素晴らしく美しいのには驚いた。

第31番長命寺
画像 琵琶湖岸に建つ長命寺は、1900年もの長い歴史を誇る名刹である。参拝には、JR近江八幡駅を下車し、近江鉄道バスで「長命寺行き」のバスに乗車して、長命寺で下車する。(所要時間は約20分、片道¥480である。)お寺へは、長命寺バス停前から続く808段の不規則な石段を登って参拝することになる。参拝者にとっては、これが非常に難儀であり、一段ずつ踏みしめて登る石段は大変厳しい。これは絶対ご利益があるに違いない。と感じるところである。また延々と続く長い石段横にはうっそうと茂る杉木立が立ち並び、西国の札所のなかでも難所の一つにあげられるお寺である。参道を約20分かけて登ると山門にたどり着くが、境内に到着と同時に一気に汗が噴きだす。また体を休めながら境内から見る眼下の琵琶湖や水郷などの眺望の景色は大変素晴らしく、抜群であった!!
 
画像 帰り道では、バスの車窓からから近江八景の一つに数えられる「西ノ湖」周辺の水郷地帯のヨシ群生地と田園風景も眺められる。またそこから少し行くと、今度はかつての「近江商人」の繁栄の足跡となる商人館や土蔵等の町並みが残る日牟礼八幡宮や八幡堀の「街なか観光」もついでに、ちょっと立ち寄ることができる。土日や休日には観光客も意外と多い。
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西国三十三観音 第28番成相寺、第29番松尾寺を参拝

2008/01/27 21:56
第28番 成相寺
画像 このお寺は、西国33ヶ所の中でも、京都府の最北端の地、宮津市にあり、日本三景の一つ「天橋立」を見下ろす山の中腹にある。アクセスの拠点は、大阪駅又は京都駅となる。今回は京都駅を平成20年1月26日(土)の早朝、JR山陰線の特急「はしだて1号」に乗車して出発した。当日は寒の入りという時期でもあり、朝から気温が冷え込み、小雪がチラチラと降ってきた。電車が途中の綾部駅、福知山駅を通過するあたりは、山間地ということもあり、だんだん降雪が強くなってきた。特にこの辺りは積雪も多いところと聞いている。今日の天候がやや心配になってくる。ここを通過して約2時間で終着の北近畿タンゴ鉄道の宮津線の「天橋立駅」に到着する。駅舎を出ると外は、雪が依然としてチラチラと降っており、空は北国独特の鉛色の雪空である。これからの天気が不安になる空であった。
 ここから成相寺までの乗り継ぎが結構忙しい。駅舎から徒歩5分で「天橋立桟橋」があり、さらに丹後海陸交通の観光船(約12分)の乗船した、「一の宮桟橋」で下船。またさらに約5分ほど歩いて、今度はケーブルカーに乗車(約4分)で中腹の「傘松公園」A到着。さらに連絡バス(約6分)を経て「成相寺」山門を目指す。(※往復の切符は天橋立駅の観光案内所で販売している。)
画像 当日の参道は除雪はしてあるものの、階段は雪で滑りやすいので注意がいった。境内には新しい五重塔、本堂には左甚五郎の「真向の龍」がある。
 参拝が終了し、同じ経路を戻る途中に「傘松公園」があり、絶好の休憩場所である。ここは「天橋立の股のぞき」の名所でもあり、観光客も多い絶景、景勝の地である。眼下には宮津湾が、また遠くには「天橋立」の松林などが望めるいいところである。さすがに「日本三景の一つ」である。
 復路は往路を戻るのであるが、傘松公園の絶景を鑑賞後にケーブルカーで下山する。山を降りると由緒ある「丹後一の宮 籠神社」があり、ここも傍なので参詣しておくとご利益がありそうな予感がする神社である。
画像
 一の宮桟橋から観光船に乗船するが、カモメが餌付けされているらしく、観光船を追っかけてくる。カモメに見送られて「成相寺」を後にした。
 天橋立桟橋で下船して直ぐのところに、「文殊堂」もあり、参拝を済ませて、「天橋立駅」にでる。
天橋立駅前周辺は、さすがの観光地であるため街区はきちんと整備されている。駅の隣りには近年開設された新しい温泉があり、無料の足湯も設けられていた。列車待ちの時間まで楽しめるのは有り難い。
 今日はこれからもう1か寺「松尾寺」を巡拝する予定である。丹後地方のローカル線は電車の乗り継ぎも不便である。天橋立駅から北近畿タンゴ鉄道を乗り継いで、西舞鶴駅を目指す。この辺りは、森鴎外の山椒大夫で有名になった「安寿と厨子王」の舞台となったところである。
もう1カ寺舞鶴市の「松尾寺」を頑張って目指す。
 厳冬時期の京都北部方面の参拝は、降雪やしぐれ等により天候が不順で参道等に積雪があり、余りお勧めでない。今回も「天橋立駅」の観光案内所で尋ねたが、午前中丹後海陸交通の連絡バスが、降雪のため運休であった。

第29番 松尾寺
画像 このお寺は、京都府と福井県の県境である舞鶴市にある。しかし、交通の便が良くないので留意がいる。交通の拠点となるのは、東舞鶴駅である。お寺へのアプローチには、ここからバスで松尾寺口で下車し、そこから徒歩で50分。又は東舞鶴駅前からタクシーとなる。もう一つは東舞鶴駅の一駅隣りの「松尾寺駅」で下車して徒歩2キロの選択となる。今回は、冬の降雪時期でもあったのでやむをえず、東舞鶴駅からタクシーを選択した。このお寺は山の中腹にあるため、タクシーの選択は正解であった。(山道は降雪で歩くもやっとのことであると思う。)
山門前に到着後、境内に入るも周りは一面の雪また雪。結構の積雪である。参拝は夕方の16時頃であったが、この時間参拝人は私一人の状況である。寒さも厳しいので早速、参拝をすませることとする。本堂には西国33ヶ所でも珍しい唯一の「馬頭観世音菩薩」が安置されている。しかしながら、秘仏であり残念であった。納経をしている最中にも、お寺の屋根から「雪」が「どさっ」と落下するくらいの積雪であった。極めて寒いので直ちに納経所に行ってご宝印をもらい下山する。時刻は夕方で気温も低く、降雪が強かったが、大変静寂を感じた山寺であった。
このお寺も厳冬の時期は天候不順なことが多いので、この時期の参拝はお勧めでない。

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西国三十三観音 第26番一乗寺、第27番円教寺を参拝

2008/01/20 20:33
第26番一乗寺
画像  このお寺へのアクセスはJR神戸線「姫路駅」から神姫バスの利用となる。駅前の神姫バスターミナルから「社(やしろ)」行きのバスに乗車する。所要時間は約34分で「法華山一乗寺」バス停に着く。お寺はすぐ目の前である。
 姫路駅前からバスで出発するが、お寺は隣の加西市の山中にある。境内に入ると直ぐに急勾配の172段の石段が飛び込んでくる。舞台づくりの本堂(※平成20年春まで修復中)の手前にある国宝の三重塔が見事である。

 一乗寺の住職の言葉が良かったので記載しておく。
「ぼけたらあかんで、長生きしなはれ」「憎まれ口に、泣き言に、人の陰口。愚痴言わず、他人のことはほめなはれ。いつでもアホで居りなはれ」、「若い者には花を持たせ、一歩下がっておることや。いずれお世話になる身ならいつも感謝は忘れずに、どんな時でもへえおおきに。」
「お金の欲は捨てなはれ。生きてるうちにばらまいて山ほど徳をつみなはれ。昔のことは忘れなはれ。」、自慢はなしにわしらの時なんて鼻持ちならぬ忌言葉。・・・。


第27番円教寺
画像 姫路市にある書写山円教寺は、西国霊場の一番西に位置し、千年の歴史を有するなど、「西の比叡山」とも呼ばれている天台宗のお寺である。このお寺へのアクセスは、JR神戸線「姫路駅」から神姫バスの書寫山ロープウェイ行きのバスに乗車して約25分、終点で下車。(バスは1時間に3本運行されていて便利である。)そこからローププウェイ(※これも1時間に3本運行で便利)に乗車して標高371メートルを一気に約4分で山頂駅まで登る。※神姫バスのりばで、書寫山までのバスとロープウェイの往復乗車券(セット券)が¥1300が発売されており、これの利用はお得である。
 ロープウェイ山頂駅から、山門をくぐって摩尼殿(本堂)までは約900メートルの徒歩になる。
円教寺は山頂にはあるものの境内は広く、本堂の造りは京都の清水寺と同じ舞台づくりであり、写真のように立派な建物である。

「ラストサムライ」の舞台 
 二枚目の写真は、摩尼殿(本堂)からさらに境内を奥に進むと、映画「ラスト・サムライ」に出演した渡辺兼やトム・クルーズの映画舞台となった建築物「三つのお堂(1.大講堂、2.食堂、3.常行堂)」がある。境内の地面が白いのは雪が積もっているためである。
画像
 「早起きは三文の得」について考える。
 休日などには極力早起きをして、午前中までにほとんどの仕事を片付けることが経営者などに流行っているようだ。確かに早起きは、早朝眠いけれど、朝日を仰ぐことは結構良いものである。朝日には不思議なエネルギーやパワーがあるように思える。「早起き」を前向きに考えたいものである。
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